下流の霧の中から泳いできたバロン夫婦

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.06)
(アルツハイマー)

お兄さんが「バロン」と呼んだら、昨日は上流から泳いできたバロン夫婦。今朝も姿が見えなかった夫婦、上流に向かって「バロン」と呼んだお兄さん。しばらくしたら下流の霧の中から泳いできたバロン夫婦。岸で待っていたオオバン親子が出迎えに行ったのか、二羽の傍に泳ぎ寄り一緒にお兄さんの前へ泳いで来る。190906.jpg

あちこちの葉の上にアマガエル。霧に濡れた葉の上で体を湿らせ気分がいいのか、じっと座って動かない。昨日はいっぱいいたベニシジミ、ヤマトシジミやモンシロチョウ、葉の裏に隠れているのか一匹も姿を見せない。所々にイチモンジセセリとコチャバネを見ただけ。190906a.jpg

薄日が射し始めた帰路、自宅近くの市民農園跡に立ち寄った。まだ霧は退かず沼対岸は霧の向こう。コスモス畑の小径に三脚を立て花を撮っていた女性、その姿を外して撮ってから帰宅。190906b.jpg

『一人で背負い込んだら苦しくなる』
昨日午後、病院に妻の様子を見に行った。病院のスタッフに風呂に入れて貰い、戻ったところに妻の友だちが見舞いに来てくれた。長い間、自宅の炉の前で一緒に茶事を楽しんでいた人、妻にとっては自分の認知症を隠すことなく話し合える友のようだ。人と話すとき何処か言葉を選ぶような、身構えたような様子を示すようになっていた妻だが、そんな様子もなく孫の写真を見せたり楽しそうに談笑。よほど嬉しかったらしい。だが、その前にも二人の友だちが来てくれたのはもう思い出せない。打ち解けて友と談笑していた楽しさもそのとき限り、しばらくしたら記憶から消え去っているだろう。
最近、ごく一部の人を除いた家族以外の人と話すのは疲れると言っていた妻。自分が忘れてしまったことや、忘れて矛盾したことを言うのではないかと気にして、よそ行きの態度で応対しているかららしい。初期症状のころ、「また忘れたのか」と言っていた私の度重なる発言が物言うことへの緊張を与えるようにしてしまったのかと反省。
医師より、来週には退院できると説明を受けた。退院したらデイサービス、ショートステイを開始するようにケアマネージャさんと相談するように言われ、早速相談して退院後の生活に向かって準備を始めている。
アルツハーマーと診断されたとき、どうしたらいいのかに戸惑った。我孫子市には「高齢者なんでも相談室」が地区ごとにある。天王台地区高齢者なんでも相談室の相談員さんとの出会いから、いろいろ相談し教えていただいた。夕食には宅配弁当を利用することも学んで楽になった。市の介護認定調査担当の方と一緒に来宅され、介護認定を受け、ケアマネージャさんを紹介され、幾つかの施設を見学させてもらって最初のデイサービスが始まった。ケアマネージャさんに最初に言われたことは「一人で背負い込んだら苦しくなる」だった。ケアマネージャさんや近所に住む妻の友人からの助言・支援を受けてなんとか過ごしてきた。二人の娘も仕事の合間を見てヘルプしてくれている。
今回の緊急入院のことも、介護するものが一人で背負い込んだら苦しくなる出来事。私の場合は抱え込まず、入院先の医師、病院のスタッフの方々、いつも診察をお願いしているクリニックの先生、ケアマネージャさんに相談し悩み事を解決してきた。困ったときには一人で抱え込まず、誰かに相談する。相談できるチャンネルを広げることも介護の一環と思うようにしている。
高齢者には悩みも多い。我孫子市には「高齢者なんでも相談室」が地区ごとにあり、親身に相談に乗ってくれるから、私のような高齢者はなんでも相談してみるのがお勧めだ。190906c1.jpg190906c2.jpg

対岸上流から出てきたバロン夫婦


撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.05)
(アルツハイマー)

いつも水門前で待っているバロン夫婦の姿が見えない。お兄さんが「バロン」と二度ほど呼んだら、対岸上流から出てきたバロン夫婦。190905.jpg

目の前を「チー」と鳴いて横切ったカワセミ、速すぎてカメラでは追いきれない。ヒメガマの群落の外れに戻って来たカワセミ、口に小魚をくわえて。慌てて撮ったら、もう飲み込んでしまった獲物。190905a.jpg

もう帰ろうとすれば飛んできて足を引き留めさせたナミアゲハ。「撮ったら早く帰りな」とでも言うように目の前に止まってくれた。190905b.jpg

『入院中の妻の様子を見に行くのが日課』
入院中の妻の様子を見に行くのが日課。昨日、そっと病室を覗くと写真を手に持って、一枚ずつゆっくり見ていた。私に気付くと、「孫は可愛いねぇ」と呟く。
最近、子育てをした横浜在住のころを繰り返し思い出していたようだが、入院してからは郷里の実家のことや学生時代のこと、親兄弟や同級生のこと。新しい記憶は消えたのか気になって、一昨日孫たちが誕生してからの写真十数枚を持って行って渡した。七五三の時に孫を抱いた写真を見て、「これは八王子の神社かね。何年前だろう。今度娘たちが来たらいつ撮った写真か書いて貰おう」と言う。まだ残っていた十数年前からの記憶も。同じ子の大学入学のころの写真を見て、こんなに大きくなったのかね」と。つい半月前両親と一緒に会いに来ていたのはもう全く記憶にない。
孫たちの写真に混入しておいた妻の姉妹会の写真も姉妹たちだと認識できた。近隣センターの行事でお茶会をしたときの写真をしばらく眺めていて、一人の人を指さし、「近隣センターのお茶会だね」と呟く。一緒にお茶会をした人たちの名前は思い出せず、「こういうことはどんどん遠くなって消えて行くね」と言って、孫たちの写真とは別のところに置いた。190905c.jpg

こっちに来てよとナビゲート

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.04)
(アルツハイマー)

お兄さんを待っていたビッグ親子。お兄さんが土手の上に現れたら、母さんが土手の下までお出迎え、お兄さんを振り返り振り返り、こっちに来てよとナビゲート。190904.jpg

「飛んできた」と友の声、友のレンズの先に合わせて撮った前方通過の一羽。クサシギかイソシギか迷ってFB友に教えを請うたら、『クサシギとタカブシギの尾羽は全体的に白ですが、イソシギは両弁だけ白があって写真に一致します』と。ありがたきかなFB友。190904a.jpg190904b.jpg

『ぼんやりしていても心の中はいろいろ動いているようだ』
昨日午後、いつもより一時間遅く妻の病室を見舞うと、ぼんやりと外を眺めていた。
一昨日は点滴が外れハイになって、手が自由に使えるからとノートを取り出してメモ書きを始めた妻。何日続くか分からないが、ノートを覗くと今日も書いてあった。
今日は何月何日? 今何時ころか?と言うことが気になって外をながめ、そのことをノートに書いていた。
『今日は9月3日だとのこと!!
時の経過に心をおどらせる。いま何時ごろ? 何をすればいいの? って、外の天気状たいは日光に頼るのであるが、今日は太陽が出ていないのでさっぱり見当が付かず配膳の方にお聞きした。
なんだ! 今からお昼の食事かとおどろくやらうれしいやら、窓の外をのぞく。
今日は太陽では見当が付かない日だ。くもり空だから疑問に思うのはあたりまえだ。ねてばっかりいるんだから外の様子で時間がわからないのは別にボケたわけではなかった。
ほっとしていただこう!!』
ぼんやりしているようで、言葉には表せなくても心の中はいろいろと動いているようだ。『外の様子で時間がわからないのは別にボケたわけではなかった』と、いろいろなことに対して自分はボケているからわからないのかと、いつも気にしていることが感じられる。毎日、その日の新聞を差し入れている。自宅にいるときから新聞の文字を追っていることが多い。読んでも直ぐ忘れるのに、飽きもせず新聞を眺めるのはまだ文字を忘れていないことを確認しているのだろうか。
帰り際、「明日も来るよ」と言ったら、「忙しいだろうから毎日来なくてもいいよ」と言う。ちょっと意地悪になって、「じゃぁ、明日は来るのをやめようかな」と言ったら、「本当は来てくれるのを待っているけど」と。190904c.jpg

暗渠を潜って戻って来てお兄さんを出迎

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.3)
(アルツハイマー)

お兄さんの車の音を聞いて、水門と道路下の暗渠を潜ってお兄さんを見に行ったラッキー親子。お兄さんが土手を越えてくれば暗渠を潜って戻って来てお兄さんを出迎える。190903.jpg

ゴイサギが飛んだ。ピントが合いにくくうまく撮れなかったら、ヒメガマの群落の外れに止まってくれた。190903a.jpg

お兄さんにパンをねだりに来たハシブトガラス。何日か見ない間にハゲタカのような顔になって。190903b.jpg

『ベッドにかがみ込んで何か書いていた妻』
昨日午後、妻に面会に行った。ベッドの上にかがみ込んで何かを書いていたアルツハイマーの妻、覗き込んで見るとノートになにやら書き込んでいた。『Apple ジュース 200ml 和歌山産 美味しかった』と一行。入院して初めての昼食が出たらしい。私が覗き込んでいるのに気付いて笑顔になった妻。点滴の針を刺したところがちくちく痛いと訴え、看護師さんに伝えると点滴を外してくれた。これで点滴は終了だと言われて大喜び、早速テーブルに向かってノートになにやら書き始めた。「なにも思い出せなかったのに、字がどんどん頭に浮かんでくる」という。
まだ自分のいるのが我孫子の病院だとはよく分かっていない。時には横浜の病院にいて40年も前に住んだ片倉台団地が自宅かと思う。自宅は我孫子だと伝えれば、まだ我孫子に自宅があるのかと、思考の中の時間軸が完全に壊れているようだ。
私が帰った後、様子を見に来てくれたケアマネージャさんからのメールによれば、子ども時代に実家が農地改革で農地を手放したこと、姉は苦労して教師の資格を取ったが自分は学校に通わせて貰って教師になったことを話したらしい。この思い出話は娘たちが来たときや、私に昔話をするときによく出て来る話題だ。話しを繰り返す内、心はその時代に入り込んで、その時代の風景の中を歩いているらしい。少し前は子育てをした横浜に住んだころを思い出すことが多かったが、いまはふるさとの思い出に浸ることが多いようだ。190903c.jpg190903d.jpg

水道橋の灯りも橋の欄干も霧に消えてゆく

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.2)
(アルツハイマー)

先が見えない沈んだ気分で手賀川に向かえば霧が出始める。撮っている内にも水道橋の灯りも橋の欄干も霧に消えてゆく。190902.jpg

霧の中で待っていたラッキー親子とオオバンの親子。お兄さんが餌を持って階段を下りてくればいつものように岸に並んで出迎え。190902a.jpg

岸に上がったバン。ラッキー親子に餌を与え終わってお兄さんが立ち上がれば、水に飛び込みゆっくり泳いで霧の中に消えたバン。190902b.jpg

『状況が理解できないアルツハイマーの妻』
昨日の午後一番、入院先の病院へ面会に行くと前日差しれた新聞の文字を追っていた妻。読んでも直ぐ忘れるが文字を追って文字を忘れていないことを確認しているように見える。一昨夜のせん妄状態からは回復していた。私の顔を見ると、「ここの人はきつくて意地悪なの。よく分からない説明をして私に罰を与えるの」と、点滴の管のジョイント部分に付けたタグを指さす。『引っ張ったり、外さないで下さい』と書いてある。一昨夜せん妄の状態の時、自分で点滴を外したからタグを付けたのだろう。
私に次々質問をぶつける、「いつあなたと交替して私が帰れるの」「あなたは何処のベットに寝るの」「あなた、ここに寝なさいよ、私帰るから」「ここで私は誰の面倒を見たらいいの」と、設定条件を変えながらも帰る時季を聞き出そうと質問する。
どうやら、なぜ自分はここにいなければならないかが理解できていない。説明しても、救急車で運び込まれたこと、耐えがたいほどの痛みがあったこと、検査をして入院したこと、医師から絶食と点滴をすることを説明されたこと、どれ一つも憶えていず、自分では何処も悪いと思っていないから、自分のために入院しているとは思っていない。さて、何処に状況を理解させるような糸口があるかと思いを巡らしているが、私には見付けられない。
話している内に、自分はデイサービスの施設にいると思い込んでリハビリの体操に行こうとする。今いる場所が入院先の病院だと言うことを直ぐ忘れてしまう。たった一日の間に、急速に認知機能が低下したことを思い知らされる。190902c.jpg

曇天の空は微かに赤く水道橋の灯りが鮮やか

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.1)
(アルツハイマー)

目覚まし時計も携帯のアラームもOFFにして寝たのに、いつもの時間に目覚めちょっとだけのつもりでいつもの手賀川へ。曇天の空は微かに赤く水道橋の灯りが鮮やか。190901.jpg

お兄さんが着いたのを察知したビッグ親子が動き出した。父さん、母さん七羽の子どもたちは元気にお兄さんから餌を貰う。190901a.jpg

ラッキー親子が餌を貰っていたら、飛来してヒメガマの脇に降りたアオサギ。他のことで心が乱され、レンズの向こうにアオサギを見ても感動を覚えない。「早く帰って少し眠ろう」と呟いて早々に帰路へ。190901b.jpg

『入院していることも忘れたアルツハイマーの妻』
薄霧の掛かった手賀沼を眺め、昨夜の出来事を反芻した。
昨日午後、面会に行ったときは喜んでくれ、メモ帳に「詮が来て嬉しかった」と書き込んでいた。私の体調を気にし「早く帰って。やることがいっぱいあるでしょ」と言った。帰りがけ握手すると、両手で強く握ってきた。帰るまでにもう二度も。
夜9時20分ころ入院先病院から電話「奥さんがパニックになって、お父さんが帰って来ない。中国の出張から帰ってくると言ったのにと言っていて、点滴は自分で引っ張って外してしまう。急いで病院に来て欲しい」とのこと。10分後、病室に駆け込むと怒った顔で「帰ってくると言ったのになぜ帰ってこなかった。私に嘘ばかりついている」と睨む。
「なぜ私はここに入れられている?」と問い詰めるので、「一昨日夜、急にお腹が痛くなって救急車で連れてきて入院している。急性膵炎だと分かって入院することになった。直すために絶食してお腹を休め、代わりの栄養と薬と点滴している。とても大切な点滴で、自宅ではできないから入院している」と、矢継ぎ早の質問に答えたが、「私は何処も悪くないし、痛くもない。点滴なんか必要ない。やるかやらないかはわたしの決めることだ」、「みんなでぐるになって私に嘘をついている」、「あなたのようなうそつきは一生恨んでやる。絶対に許せない」とののしる。
入院したいきさつ、入院したときの写真、次女が昨日来たとき一緒に撮った写真、妻がメモ帳に「詮が来て嬉しかった」と書き込んであるのを見せると、「私の字だが憶えていない」と言い、少し穏やかになる。看護師さんがメモを書いてベッドサイドに張ってくれた。「病院に入院加療中であること、食事に代わる栄養と薬を点滴している。とても大切な点滴だから引っ張ったり外したりしないようご協力をお願いします」という趣旨のメモを読んで、やっと「点滴して貰う」と言って、おとなしく点滴の準備をしてもらい、点滴を再開した。入院して環境が変わったり、体調が悪化したときに認知症の人に起きるせん妄だろうと看護師さんが私に小声で説明してくれた。
「あなたみたいなものの顔は見たくない。早く帰って」と言いながらベッドに横になり、掛け布団を目の上まで引っ張り上げる妻。「じゃあ帰るよ、また明日来るからね」と声を掛けると、布団を持ち上げちらりと私を見た。先ほどのような怒り狂った目ではなかった。190901c.jpg

母さんと子どもを連れて戻って来たビッグ父さん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.31)

ビッグ父さんだけが待っていたから、「母さんと子どもを呼んできて」とお兄さんが頼むと上流へ泳ぎ去り、しばらくしたら母さんと子どもを連れて戻って来たビッグ父さん。190831.jpg

北千葉導水路沿いに歩いたら、シオカラトンボやアオイトトンボが朝日を浴びて輝いていた。190831a.jpg190831b.jpg

今朝の日の出は布佐のマンションの上に。190831c.jpg

まさにアルツハイマー強しだ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.30)
(アルツハイマー)

ハプニングの一夜、二時間ほど眠ったらもう眠れず手賀沼を望む高台へ。アルツハイマーの妻が好きな沼を見るポイントから撮った日の出前の沼。190830.jpg

昨日元気にデーサービスから戻り、うまそうに用意しておいた串団子を一本食べた妻。7時30分ころ二人で食べた宅配弁当の夕食。妻の背中にアルツハイマー用の貼り薬、リバスタッチパッチを貼っていたら、体をひねると脇腹が痛いという。筋肉痛の薬を塗ってやると、痛いのは内臓のようだと言う。
あまり気にも留めず床についたら三十分後、「お腹が痛い」と這ってくる。うつ伏せぬなり動けないので近くの病院に救急搬送。CT画像を見た医師が「膵臓の輪郭がぼやけている。自分の専門は泌尿器だから明日専門の医師と相談して治療する」と言い、早速点滴が始まった。
入院の書類を渡され、11時30分に帰宅しようとタクシーを呼ぶと空車がないと断られる。2kmの夜道は徒歩。シャワーを浴び、少し寝たが眠れず、日の出前に近所の公園の高台へ。
午後、面会時間に病室を訪れたら、救急車に乗った記憶はあるが痛かったことは憶えていないと妻。巡回してきた医師から説明されたのは急性膵炎。夕食を食べたのが引き金になったのだろうと。今朝の血液検査でアミラーゼ(AMY)が1460、P型アミラーゼ定量が1162。これは基準値の10倍以上。昨夜はもっと高かったろうから危険な状態だった。何か食べていたらアウトだったし、感染症併発なら命はなかったと言われる。尋常な痛みではなかったはずと医師は言うが、「何処が痛かったの」と妻。まさにアルツハイマー強しだ。

水門前に集まっていたビッグ親子は穏やか


撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.29)

追い出されたビッグの子が戻ってこなかった今朝、水門前に集まっていたビッグ親子は穏やか。次にどの子が追い出されるか、どの子にせよ親から別れる日は間近だろう。190829.jpg

ラッキー親子が貰った餌を食べたオオバン親子。ヒメガマの群落へ戻るのをレンズの先で追っていたら、突然ファインダーにヨシゴイの飛ぶ姿、まだ群落の中にヨシゴイが残っていたのだろうか。190829a.jpg

もう帰ろうと車に乗り込もうとしたらお兄さんや友に呼び止められる。「今日の写真、足らないかったらベニシジミがいるよ」と。昨日朝、「撮るものが見つからない」とぼやいていた私のことを憶えていて。朝日を浴びてきれいだったベニシジミ。190829b.jpg

帰路、前方から手賀沼沿いに飛んでくるコブハクチョウ。手賀沼から発作橋方向に通うのだろう、久々にコブハクチョウが晴天の空を飛ぶ姿。190829c.jpg

父さんと子ども七羽だったビッグ親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.28)

今朝もビッグ母さんの姿が見えず、父さんと子ども七羽だったビッグ親子。下流から羽ばたく羽音、追い出された子が逃げてきて母さんが追っている。追っても追っても家族のもとへ戻り手を焼いている父さん母さん。上流まで追って、母さんが戻ってくれば後から着いてくる子ども。190828.jpg

ついに母さんが羽ばたいて子どもを追えば、子どもも羽ばたいて上流へ逃げる。母さんより小回りがきく子どもは母さんより先に戻って来て、父さんと母さんが追えば水門の暗渠に逃げる。190828a.jpg

外で待ち構える父さん母さんの横をすり抜け兄弟たちの方に出て来れば、父さん母さんが後を追い、子どもたちも羽半開きにして父さん母さんに加勢。190828b.jpg

母さんが噛みついたら振り切って羽ばたいて逃げ、母さんと子ども一羽も羽ばたいて後を追う。まだ羽が生えそろわない父さんは泳いでその後から追い掛けるだけ。いつになったら諦めて立ち去るだろうかやんちゃな子。190828c.jpg

お兄さんを待っていたビッグ親子は8羽

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.27)

お兄さんを待っていたビッグ親子は8羽、また子どもが追い出されたのかと思ったらいなかったのは父さん。パトロールに出掛けたのか、戻ろうとする子どもを泳いで追っていったのか、未だ羽が伸びていないから飛べない父さん。餌やりが終わってお兄さんが立ち去ろうとしたころ、下流から泳いで戻って来たビッグ父さん。190827.jpg

ラッキー親子が食べ残した餌を食べに来たオオバン父さん、食べようと首を伸ばすのに合わせ噛みつこうと首を伸ばす茶色の子。ついに切れた父さんが攻撃に転じたらびっくりして横を向く茶色の子。190827a.jpg

まだ残っている餌をまたいで浮上するコイの頭叩きをしようとしているバロン父さん。餌を欲しくて待っていたハシブトガラスが背後に迫り尻尾の羽を引っ張ったら、振り返ったバロン父さん。190827b.jpg

毎朝一緒の餌を食べる顔なじみのハシブトガラスと分かったら、前へ泳ぎだして場所を明け渡し、また浮上するコイの頭を狙って嘴で叩こうとする。190827c.jpg

母さんが上流に向かって泳ぎだした

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.26)

お兄さんが餌の入ったバケツを持って来るのを、岸辺に並んで待つビッグ親子。父さんと母さんが何かを見付けたのか同時に上流を見て、母さんが上流に向かって泳ぎだした。190826.jpg

上流にいたのは追い出された子。母さんを見て上流へ逃げたが、母さんが戻って餌を食べ始めたらまた親子のところに近寄ってくる。今度は父さんが追いに行ったが、未だ羽が伸び切らず飛べない父さんを甘く見たのか、追いすがり制止するのを振り切って兄弟たちの方へ近寄ってくる。それを見た母さんが羽ばたいて出動。190826a.jpg

母さんが羽ばたいて追えば兄弟たちの中へ逃げ込もうとしたが、母さんの追跡は凄まじく兄弟たちの脇を通り抜けて下流へ逃げる。190826b.jpg

巧みに回り込んで上流へ追う母さん。子どもたちから離れた対岸まで追って、羽ばたいて追い掛けるのはやめて、なおも泳いで上流へと追って行く。一生懸命守り育てた子どもでも、一旦追い出された子はもう戻れない厳しい親子の定め。190826c.jpg

昨日朝追い出された子は来ていない

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.25)
(アルツハイマー)

水門前で待っていたビッグ親子。全部で九羽、昨日朝追い出された子は来ていない。岸に上がっていたもの、水に入っていたもの、みんな北からの風の方を向いている。お兄さんが餌のバケツを持って土手に上がってくる気配を感じたのか、一羽の子が風に向かって何度も羽ばたいた。190825.jpg

今朝はラッキー親子の側に寄ってこないオオバン親子、ラッキー親子から離れて様子を覗っていたオオバン母さんと二羽の子ども。茶色の子に追われてもいつも父さんが来て助けてくれるが、今朝は父さんが近くにいないから不安なのだろう。190825a.jpg

バロン夫婦の後ろに三羽の子連れのオオバン母さん、穏やかな性格のバロン夫婦は噛みついたり追いかけ回すことがないから、オオバンの親子も、ハトも、ハシブトガラスも至ってのんびり。190825b.jpg

一泊のショートステイから戻って来た妻
いつもは楽しかったと言って帰ってくる妻が、「疲れた、もう行きたくない」と言って戻って来た。前日の音楽のイベントは楽しかったが、翌日は施設のお祭りの準備の日でざわついていて気持ちが休まらなかったと言う。いろいろ話を聞いていて何となく状況が見えてきたように感じた。準備を見ていたのか、何か手伝ったのかはわからないが、いつの間にか、かつて自分が中心になって進めた近隣センターのイベントの準備と重なってしまったようだ。「準備が終わってみんなに、疲れたから帰るが明日は頑張ってねと言ってきた。本当は私も明日行かなくちゃならないけど、疲れたから行くのはやめた」と。自宅近くの近隣センター開設前からボランティアでかかわり、イベントの準備も率先してやってきたというプライドだけは残っているのに、目の前で繰り広げられる準備作業を理解できないもどかしさか、あるいはやらなくてはならないという責任感との乖離に苛立っていたのかもしれない。
「もう近隣センターのボランティアはやめたし、今日の準備は施設のイベントの準備だから気にしなくてもいいよ」と言った言葉が妻の気持ちを否定することになったのだろう、「見てもいなかったあなたに何が分かる」と立腹。やはり同じ話しを何度も聞いてやるのがよかったのだろうか。記憶力、行動力は減退しても感情とプライドは残っているので対応が悩ましい。190825c.jpg

追い掛けらたのは数日前からいなくなった子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.24)

もう既に水門前に来ていたビッグ親子、親子の区別も難しい暗い中で数えたら九羽。少し明るくなって下流から一羽の子どもが来たら母さんが群から出て追い掛ける。追い掛けられたのは数日前からいなくなった子だった。190824.jpg

それでも追われた子が群に向かって来れば、母さんが追っていた子を子どもたち数羽が羽を半開きにして取り囲み威嚇。戻っても許されないと分かったのか下流へ去ろうとする子を母さんが追い掛け追い払う。次はどの子の番だろうか、親に追い出される子は。190824a.jpg

ラッキー親子の後ろに回り込もうとする二羽の子どもを連れたオオバンのペア。気付いた茶色の子がオオバンの子を追おうとしたら、今朝も茶色の子のすぐ前に飛び込んできたオオバンの父さん。直ぐにも噛みつかれそうな間合いで巧みに逃げる父さん。その間に子どもたちは難なくラッキー親子の背後に入り込む。今日で三日目、オオバンの父さんの同じ作戦にまたはまった茶色の子。190824b.jpg

ポツリポツリと降り出した雨。曙調整水門によって手賀大橋遠望を撮っていれば、雨に霞み始めた手賀大橋や水の館。自宅付近は雨だろう、都合よく見つかった朝の散歩をサボる口実。190824c.jpg

水門前に待っていたラッキー親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.23)

ビッグ夫婦と七羽の子どもが元気なことを確認して下流へ移動。水門前に待っていたラッキー親子と二羽の子連れのオオバン夫婦。お兄さんが餌のバケツを持って土手を下ってくればラッキー親子の後ろへ回り込もうと急ぐオオバン親子。茶色の子が進み出ればオオバン父さんも前へ進み出る。誘いに乗ってオオバン父さんを追い掛ける茶色の子。190823.jpg

上流から低空飛行でカワウ一羽、いつもの杭に止まるかと待ち構えていたら通りすぎる。190823a.jpg

上空を旋回していたトビ、急降下して川面をかすめる。「魚を捕った」と横で撮っていた友、一瞬遅れて撮り損ない、電柱に止まったトビを撮れば足につかんだ魚を食べている。190823b.jpg

湿った南からの風、赤く染まった水道橋方向の地平線、上空の雲が低すぎて朝焼けにはならない。風がやんだらポツリポツリと降り始めた雨。190823c.jpg

みすぼらしくなった羽を丹念に羽繕い

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.22)

周辺のパトロールが終わって来たのだろうビッグ父さん、みすぼらしくなった羽を丹念に羽繕い。時々休んで対岸を見る。190822.jpg

対岸の取水口方向から出てきたコブハクチョウ八羽、やっぱり子どもは七羽しかいない。近寄って来たら、昨日も現れず最近親から離れ勝手な行動が増えた子が来ていない。一足早い親離れか。190822a.jpg

ラッキーが食べ残した餌に群がっていたハトが一斉に飛び立った。上空を通過し対岸の向こうへ飛び去ったハヤブサを撮り損なったら、代わりにトビが飛来して上空を旋回。190822b.jpg

水門の外の田んぼへの水路、浮上した親の周りに出てきた子ども二羽。親から貰った小魚を咥え瞬く間に飲み込んだ。190822c.jpg

子どもが七羽しかいないことに気がついた

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.21)

昨夜、昨日撮影した写真を整理していてビッグの子どもが七羽しかいないことに気がついた。今朝、ビッグ親子が来るところを待ち構えていたら、やはり一羽足りない。一昨日までは八羽いたが、いなくなったのはここ一週間ほど親兄弟から少し離れて行動するようになった子ども。親には追い出す素振りはなかったから、子どもの方から離れていったのだろうか。190821.jpg

ラッキー親子が餌を貰う場所に飛んできたハト数羽、親子がハトを気にして牽制していたら、その隙に親子の直ぐ後ろに割り込んできたオオバンの親子。190821a.jpg

バロン夫婦と仲良しになったコイ釣りのお兄さん、バロンと遊んでやっていたらコイが掛かった。お兄さんが竿を持ったらバロン夫婦は邪魔にならない場所まで退き、お兄さんとコイの駆け引き。上がったコイは53センチ、計測したら放たれゆっくり水中に消えた。190821b.jpg

雲の下側に朝の光が回り込みうっすら赤く色づく。190821c.jpg

流れ出した餌を食べるラッキーの子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.20)

コイが跳ねて餌に水を掛け、流れ出した餌を食べるラッキーの子。コイに体を持ち上げられた子、水掻きでコイの頭を押し返す。他の子は嘴のパンチを振り下ろすのに、この子だけは脚でコイを押し戻す。流れ出す餌を拾っていてドンドン近寄ってくるオオバンの親子。190820.jpg

お兄さんが「バロンおはよう」と言えば首を伸ばしてひと声唸る挨拶、少し離れていても「バロン」と呼ばれれば尻尾を振って応答する。同じ言葉を二三ヶ月かけ続ければ意味を憶えるようだとお兄さん。190820a.jpg

水門の向こうは、道路を潜る暗渠の先に田んぼへつながる水路。水路に住み着いたカイツブリ親子、ちょっとだけ姿を見せてもレンズを向ければ直ぐに隠れる。190820b.jpg

雲から出た太陽がまん丸になってまた雲に入る。ポツリポツリと降り出した雨、いつもより早く家路に向かう。190820c.jpg

階段を下り「父さんと子どもだよ」とお兄さん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.19)
(アルツハイマー)

四日前にはビッグ父さん一羽だけ先に来て待っていたが、今朝は二羽が待っていた。父さんと母さんが来て待っていたかと思ったら、階段を下り「父さんと子どもだよ」とお兄さん。190819.jpg

「母さんたちはどこにいるの」と父さんに言ってもただ尻尾を振るだけ。しばらく待ったら未だ仄暗い上流から母さんと子ども七羽が現れる。190819a.jpg

いつものように岸に上がろうとした母さんを遮るように一羽の子どもが岸に上がり、いつも母さんがやる全員集合の号令のポーズ。190819b.jpg

アルツハイマーの妻が一泊のショートステイに行く日。
最初にデイサービスに通った施設では月一回コーラスの指導があるのが魅力で、デイサービスに通うようになった妻。半年ほど経ったらコーラスを指導していた先生がいなくなって、ケアマネージャさんがコーラスグループのある別の施設を探してくれた。それが現在通っている施設。そこも年度末に指導者がいなくなってコーラスの活動は休止してしまった。がっかりしていたが、その施設では友だちもできたしマンツーマンのリハビリ、入浴サービス、お気に入りの昼食などがあって満足して通っている。
今後、ショートステイの機会もあることからショートステイの契約をしてお試しをかねて一泊した。帰宅して、もう泊まるのは嫌だと拒否反応を示した妻。せっかく友だちなった人たちが同じ施設に通ってきているのに、その人たちとは隔離されて食事をしたり日中を過ごすことでの寂しさがあったようだ。
ケアマネージャさんが勤務する施設で新たに月一回の音楽イベントを行うことになり、それに合わせ月一回のショートステイに通うことにした。結果は上々、今回が三回目になるがショートステイへの嫌悪感も払拭された。私自身のストレスや体調不良の対策にも徐々に利用日数を増やそうと思っている。
一つ困ったことに遭遇している。ショートステイに通う持ち物を一日二日前に取り揃えバッグに詰め、提出用に持ち物のリストを作成しているが、バッグの中に何を詰めたか忘れた妻がバッグを開いて詰め直す。そのたびに持ち物リストの修正と不足するものはないかの再チェック。暫く経って気がつけばバッグの中身を並べて気の向くままに入れ替えている。
三回目の今回、金曜日に長女夫婦と孫がきて一泊、長女が妻と一緒に一つずつ確認してバッグに詰めて持ち物を用意した。そのことを忘れまたバッグの中をチェックしたがる妻に長女が看板を作ってバッグに乗せた。長女たちが帰ってしばらくしたら、「この紙、なに?」と妻。長女と一緒にバッグに詰めたことを説明したが、すでに長女が来たことさえ記憶していなかった。私が説明しても「そんなこと知らない」の一点張り。長女が電話して説明してくれたらそのときだけは納得しても、時間が経てばまた繰り返し。不本意だが、昨日妻の目につかないところにバッグを隠した。「バッグを出して」と私に迫る妻の言葉は憎悪に満ちたもの。やっぱりこの方法は間違いかと途方に暮れた私。
こんな時、どう対処したらいいのだろうか。190819c.jpg

岸辺に上がりお兄さんを出迎えたビッグ母さん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.8.18)

岸辺に上がりお兄さんを出迎えたビッグ母さん、子どもたちの方を向いて「みんな集まって」と号令しているような素振り。全員集合したら、「みんな集まったよ、餌をちょうだい」とお兄さんの方を向く。190818.jpg

二週間ほど姿が見えなかったオナガガモとカルガモのペア、今朝は久々に元気な姿を見せる。このオナガガモ、狩猟期間中下流でにいて鉄砲で撃たれたらしく片羽になり、飛べなくなって浅間橋上流に辿り着いた。190818a.jpg

ヒメガマにゴイサギのシルエットを見付けて近寄れば、いたいた6羽も若いゴイサギ。成鳥が飛んだら後を追って、いつもゴイサギが集まる対岸へ飛んでいった。190818b.jpg

浅間橋の向こうに日の出。橋の下から陽光が差し込めば、一羽二羽と飛び立って田んぼへ向かうチュウサギ。190818c.jpg