久しぶりに赤く染まった地平線

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.07)
(アルツハイマー)

霧が漂い始めた川面や田んぼの向こう、久しぶりに赤く染まった地平線。土手に登って撮り始めたら、間もなくスーッと色褪せた。190907.jpg

未だ暗くてピントが合わないビッグ親子。お兄さんが話し掛けると母さんが岸に上がってきてお兄さんの話し相手。少し待ったらやっとピントが合った。190907a.jpg

カイツブリが潜った。浮上したら嘴にくわえていた獲物、一二度潜って咥え直し飲み込んだ。お兄さんと友にモニターを見せたら「モロコだろうな」と。190907b.jpg

『時代がでたらめに頭の中にあるの』
昨日昼食時、妻入院先の看護師さんから電話、「奥さんがうちに帰りたい、寂しいと言って泣いている」と。急ぎ駆けつけ病室を覗けば「来てくれたの、嬉しい」と泣いていた妻。「時代がでたらめに頭の中にあるの。ここが我孫子の病院だとわかるが心はふるさとにいて、帰りたくても遠すぎて寂しくなった」と呟く。「どうして岩滑(妻ふるさとの実家)なの?」と問えば「もうじき死ぬから裏山のお墓に行こうと思って」と。「僕らのお墓なら一関の樹木葬墓地にあるじゃない。千坂げんぽうさんが一番いいところを選んでくれたじゃないの」「今日は何処の家から来てくれたの」「我孫子だよ。直ぐ近くじゃない」「まだ我孫子に家はあったの」「入院する前に一緒に住んでいたし、ここから車で5分だよ」ととりとめもない会話。話している内に段々現実に戻り、頭の中にあることをノートに書かせたら黙って書いていたが、頭が整理されたのか明るい表情になった。昼食を大半食べ残していたので「元気になれば来週末退院できそうだ」と言ったら、残した昼食を「美味しい」と言って食べた。
ノートに書いたメモには『人生がいやになって、さみしくなって泣いてしまった。思うだけで淋しくなってくる。泣けてくる。私達の家は岩滑ではなくて高の山にあったことを再確認した。そうで(それで)岩滑のおはかは私と詮のおはかではないよね。2人のおはかは一の関の樹木葬ボチであったっけ。そこもちゃんと準備してあるので心配要らないと言われた。本当だね。安心に勝るものはないと再発見した。今迄いろいろ頭の中であ~でもないこーでもないと考えがころがって、時代の順番がわからなくなるが、こうして詮さんと話すと私の心は素直になって納得することが多くなる。よかった。今日病院に来てくれてよかった。一人で考えるも否定するも一人なので何がなんだか分からなくなる。常にその場で否定してくれる人が側にいることっていいなあ~~。今日はまだ昼間だ。外は明るい太陽で輝く世界だ。今日はいい日だね。詮さんは午後どこへ行くつもりだろうか? 詮の答え「家に帰って洗濯する」そうだ。』
妻のノートを見て、いろんなことが頭の中を交錯しているが、それを整理できなくて混乱の深みに入り込んでいたように思う。190907c1.jpg190907c2.jpg

この記事へのコメント