対岸目指して飛んだコブハクチョウ二羽

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.2.3)
(アルツハイマー)

雲間からこぼれ落ちる日の出前の光に染まった沼。飛び立って対岸目指して飛んだコブハクチョウ二羽。200203.jpg

東の空の雲が少しばらけ、雲の隙間に眩しい瞬時の日の出、間もなく直ぐ上の雲に隠れてしまった太陽。200203a.jpg

帰ろうとした頃対岸から飛んでくる猛禽一羽の姿、沼上空で旋回したのはチュウヒの様だった。200203b.jpg


『花から花へ渡り歩くヒヨドリを目で追う妻』 (2020.2.3)
いつもの時間に面会に行った昨日午後、玄関の自動ドアが開かず、中にいた作業員が開けてくれ、出て来た係の人が「第一日曜日は部屋の清掃の日、みんなあっちにいますから」とデイサービスの部屋を指さした。「三時前には終わりますからこちらに来られませんか」と言われたが、「散歩に連れ出してもいいですか」と許可を得て、係の人が持って来てくれたコートを着せ、前日と同じ道を歩くことにした。
外は風もなく散歩にはいい日、「この景色、見たことがある」と妻、「昨日も通ったよ」「憶えていない」「昨日はW園のMさんが面会に来てくれたよ」「憶えてないなぁ」と。長女が来てくれ喜んでいたのにそれさえも思い出せない。「足がふわふわすると言って道路脇のコンクリとブロックに腰掛けた妻の足元を見たら、靴紐は結んであったが両足ともファスナーが開いたまま。直してやると「治ったよ」と言って歩き出した。1月の入院と、病院のミスでリバスタッチパッチを重複して貼られて副作用に苦しんで以来すっかり足が弱ってしまった。
旧村川別邸の二羽を見下ろし、「ここは下から登って来たよ」と古い記憶が蘇った。子の神大黒天の境内から手賀沼や我孫子高校の校舎、カスミストアを眺め、「ここは我孫子?」と言う。妻の頭の中の地図とは違ったところか眺めたからだろうか。ベンチに腰掛け、ヒヨドリ二羽が戯れるように鳴きながら飛ぶのを見付けた妻、「ツバキの花の蜜を吸ってる」と言って、花から花へ渡り歩くヒヨドリを目で追っていた。ヒヨドリが飛び立ってから「あなたは夫だと思うがそうだという確証がないような気がする」とぽつりと言って、「その内それも分からなくなっちゃうのかなぁ」と涙ぐむ。お参りに来た人が鳴らした鈴の音に気づき、「お賽銭をちょうだい」と手を出す。コインを渡すと綱を引いて鈴を鳴らし、長いこと手を合わせていた。記憶が戻るようにお願いしていたそうだ。
帰り道、梅が小さなつぼみをいっぱいつけていたのを見付け、「もうじき咲きそうだね、咲いたら見に来ようね」と言った。戻ると部屋の清掃は終わって、妻は係の人が3時のおやつに誘って連れて行き、私は面会票を記入して提出したら家路へ。200203c.jpg

上空は快晴、オレンジ色の空が沼に映る

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.2.2)
(アルツハイマー)

成田着便が数機対岸のビルの向こうを旋回し、一機が高度を下げながら成田へ向かう。上空は快晴、オレンジ色の空が沼に映る。200202.jpg

日の出前の沼の真ん中に出てきたオオハクチョウ数羽、風を待っているのかなかなか飛び立たない穏やかな朝。200202a.jpg

地平線の雲の上に出てきた日の出、地平線の空を染め、沼に映ってオレンジ色の沼。200202b.jpg


『子の神大黒天まで散歩』 (2020.2.2)
長女と一緒に妻に面会に行った昨日午後。ノートを片手に泣いていた妻、なだめるように付き添っていた係りの人。部屋に入っていった私を見ても泣き止まない。「どうして泣いてるの?」と声を掛けたら「色んなことをみんな忘れてしまった。その内に何にも分からなくなるかと思うと悲しい」と言って泣く。ノートに何か書こうとしても思い出せなかったからだろうか。遅れて入ってきた長女を見て抱きつき、「来てくれたの」とまた泣く。長女が「今日は天気がいいから散歩に行こうよ」と誘うとやっと泣き止んだ。「寒いからダウンのコートを着て」と言ってもぼんやり立ったまま。着せようと腕を上げさせたら「痛い」と。腕をめくって見ると先日転んだときのものだろう焦げ茶色の大きなあざ。
係の人の後に着いて玄関に向かうと、「今村さんに面会に来ました」という声。三年弱、妻のケアマネージャを担当して下さったW園のMさんだった。Mさんの顔を見ると急に元気になった妻、嬉しそうに挨拶。「こちらに来てお話しするような友だちはできましたか?」とMさんに問われ、「まだいない。どんな人か分からないでしょ。話し掛けてもどう受け取られるか分からないから私からは話し掛けない。全然じゃなくて、手を洗ったり歯を磨きに行って会ったときは挨拶はするよ」と急に能弁になった。Rケアセンターに通い始めた頃や、W園に初めてショートステイで泊まったときも私や長女に同じようなことを言っていた。妻なりにここで出会った人たちをを観察し、どこまで踏む込めるか見極めようと慎重に振る舞っているようだ。
すれ違いにならず、ちょうどいいところで出会ったMさんも散歩に付き合ってくれて、楽しそうに話しながら子の神大黒天まで散歩に行ってきた妻。境内の入り口で引き返すつもりだったが、社の前まで行きたいと妻が言い、社の前でみんなで記念写真を撮った。長女が妻と私のツーショットを撮ってくれた。今年になって二度目の散歩、ちょっと歩きすぎたかと思ったが、思いの外元気。天気のいい日には散歩に誘い出したら、入院中に衰えた脚力が戻ってくれればいいのだが。200202c.jpg

地平線の空の色を映して沼はオレンジ色

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.2.1)
(アルツハイマー)

雲一つ見えない快晴の朝、地平線の空の色を映して沼はオレンジ色。6時を過ぎて風が出て来ると、風の通り道が波立ってブルー。200201.jpg

日の出直前の空の色に染まった水面。岸から出てきたコブハクチョウ二羽、のんびり泳ぎながら対岸へ向かう。200201a.jpg

だいぶ左に移動した日の出の位置、岡発戸新田の釣堀前に繋がれた小舟の向こうに出てきた太陽。200201b.jpg


『GoogleMapの写真をなぞって散歩』 (2020.2.1)
一昨日グループホームの周りを散歩して付近の道を思い出したら自宅付近の景色を思い出さなくなった妻。思い出せなくなった場所は、現在いる場所からその場所までの道を思い浮かべると思い出すことが多いので、昨日の面会時にはGoogleMapの地図と写真を何枚かコピーして持って行った。
テーブルに上空から見た写真を何前か並べ、グループホーム寿と自宅の間の道に色鉛筆でゆっくりと線を引いた。色鉛筆の先を目で追っていた妻は、「交差点を渡ると消防署」、「そこで右に曲がると高野山小学校だね」「タビヤの辺りに来たよ」「ここまで来ると家が見える」と自分が運転しているかのように自宅までに見えるものを思い出していた。
昨日散歩した辺りの拡大した写真を見せて、「昨日の散歩道は分かる?」と言ったら覗き込み、「今度はもっと先まで行こうよ。これが東邦病院、こっちが名戸ヶ谷病院、市役所はどこ?」「左に曲がって坂を登ったら市役所、これが介護施設のクレオ、ここにはボランティアでお茶を点てに行ってたことがあったね」「あっ、鈴木さんの家だから、小学校の横を通ると家の方へ出る」と上空からの写真を辿りながら妻は散歩しているような気分。「今度はAさんの家に行ってみる」と言って、自宅付近の写真を指でなぞりながら「ここだ」と。こんなに楽しんでくれるとは思ってもみなかったこと。これなら妻の空想の世界に一緒に行ける。
約1時間の面会時間が短く感じたほど、上空からの写真を辿る散歩に興じた妻。「もう帰る」というと「もう帰っちゃうの。夕ご飯の仕度もあるからね、ちゃんと食べるんだよ」と私の夕食の心配をしていた。「大丈夫、宅配弁当がもう来ている頃だから」というと「そうか、そんなら安心だ」といいながら玄関まで送りに来てくれた。200201c.jpg

地平線沿いに細く長い雲の隙間がオレンジ色

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.31)
(アルツハイマー)

上空は晴れてきたが、東のには大きな雲。地平線沿いに細く長い雲の隙間がオレンジ色。200131.jpg

対岸のオレンジ色の雲の隙間にニュータウンのビルが影絵のよう。風に波立つ沼が暗い。200131a.jpg

雲の隙間の薄雲の向こうに昇った日の出。うっすらと水面に映った太陽。200131b.jpg


『楽しかった。また連れてってね』 (2020.1.31)
いつもより少し早く妻に面会に行った昨日午後、玄関を入ると事務所からOさんが出てきて「今日は調子がいい」と教えてくれた。「昨日は夜の嵐に眠れなかったのか落ち込んでいた。気圧や気温、天気の急変したときは妄想に怯えたりすることが過去にもあった」と話した。Oさんから「外に出て散歩したいと申し出があって、いまテラスに出て体操をしている。よかったら散歩に連れ出してもらえますか」と言われ、妻が体操から戻ってきたら係の人にコートを着せてもらい散歩に出掛けた。退院後ずっと散歩をしていなかったので脚力が衰えているからあまり遠くまで歩かないようにとのアドバイスもあって、妻が気にしていた部屋の窓から見える駐車場の先の景色を見に行くことにした。
私と同期入社だったYさんの家の前で表札を指さしたら、前日思い出せなかったYさんのことを思い出した。広い道に出ると左に消防署やコナカを見付け、右に東邦病院、名戸ヶ谷病院の建物を見付け、「市役所の前の道だ。手賀沼も見える。家の直ぐ近くだ。これで窓の外と私の地図が重なった」と、立ち止まって眺めていた。下り坂の歩道を少し下り、右への小路を見付け、「この道は何度も通ったことがあるよ。上にも下にも抜けられる」と古い記憶が蘇った。Y字路に差し掛かると「左に下がると市役所の前に出る」と言いながら右に坂を登る。「ちょっと疲れた」と言って民家の垣根につかまって一休み。坂を登り切ってT字路に出ると右にグループホーム寿が見えた。妻にとっては約40日ぶりの散歩。たいした距離ではなかったが「楽しかった。また連れてってね」と次の散歩をねだられる。「いまの道、何度か通ったことがあるよ。忘れずに憶えていた」とちょっと得意そう。
部屋に戻って、「昨日髪をカットしたんだろう?」と言うと「うん。私が覚醒しているときにまた散歩に連れてってね」と散歩のことしか頭にないらしい。「覚醒しても、10分経ったら忘れないかなぁ」とからかえば、「忘れたって覚醒してたらいいでしょ」と言ってすまし顔。しばらくして、「私たちの家はどこだった?」と言い、住所を言っても近所の家のことを言っても景色を思い出せない。頭の中は散歩道のままだからか。珍しくご機嫌がいい日だ。帰ろうとすると、3時のおやつだと係の人が呼びに来て妻はテーブルの自分の席へ、私はカスミストアが10パーセント引きの日だから買い物に行く。200131c.jpg

地平線の空を映してオレンジ色の沼

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.30)
(アルツハイマー)

上空はよく晴れているが、東の地平線には厚い雲が覗いている。雲の上がオレンジ色に染まれば、地平線の空を映してオレンジ色の沼。200130.jpg

日の出前を駆け抜けていった若い人たち。駅伝の練習だろうかみんなたすきを掛けていた。200130a.jpg

頑固に地平線に張り付いていた雲の上に日の出。雲から出ればもう眩しすぎ。200130b.jpg


『夢か空想か、夜半の嵐の中の怖い話』 (2020.1.30)
妻に面会に行った昨日午後、部屋を覗くと顔まで布団を被り膝を立てていたのだろう丸くなって寝ていた妻。いつもならこっちを向いて手を振るのに顔を見せようとしない。「眠ってるの?」と声を掛けたらそっと毛布を持ち上げてこっちを見た顔は何かに怯えたような顔。「どうしたの?」と言ったら途切れ途切れに語り始めた。「昨夜は嵐で眠ったような眠らなかったような訳のわからない夜だった。眠れずに死にかけているような、まだ死んではいなかったように思ったのが、夢だったのか目が覚めていたのか分からない夜だった。生きた心地がしなく怖くて、死ぬのかなと思ったが、死ぬような気はしなかった。怖い夢を見ていたならそれは現実のことじゃなくて、夢を見ていない人の現実とは不公平だ。夢だったら現実に合わせて夢を見ることなんかできない。全部憶えているかと言われたらそうじゃない。夢だったのか空想していたのかは分からないが、今生きてることだけは分かる」と思い出しながら訳の分からない独り言。
水を汲んできて飲ませようとすると起き上がり、まだ目覚めていないような顔でベッドに腰掛けて水を飲んだ妻。夜の嵐で眠れなかったとき何かを空想していたのか、夢を見て怖かったのか、その記憶を引き摺ったまま昼食後の昼寝をして、夢か空想の中にいたのだろう。「昼食や朝食は食べた?」と聞いたら「忘れた」と答え、段々目が覚めてきたような顔になった。カレンダーを渡すと「ここが今日?」と確認してから私が来たと書きしるしながら、「今日は自分が現実の世界にいるのか空想の世界にいるのか分からなくて悲しい。これって笑い話みたいだ。そうだ、笑い話にしよう」と言って少し笑みが戻ってきた。
「もう帰るよ」と言ったら、「帰っちゃうの、抱きつきたいけど恥ずかしいからやめた」と言って私につかまって立ち上がり部屋から出ると、係の人が来て「ちょうどよかった。床屋さんが来たから髪をカットしてもらいましょう」と妻を共通スペースへ連れて行った。玄関の解錠をしてくれに来たSさんに「気圧の変化が急だったり、天気や気温の変化が大きいと怯えたり空想の世界に閉じこもりがちで、今日はそんな日だった」と話した。200130c.jpg

西の方から明るくなってきた空

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.29)
(アルツハイマー)

雨が小降りになって親水広場に行けば、上空は雨雲でも西の方から明るくなってきた空。200129.jpg

カッパの足元にはカワウが集まり、手に止まったセグロカモメ。水を噴き上げなくなってもう久しいカッパの噴水。200129a.jpg

何度潜っても獲物を咥えてこないカイツブリ。200129b.jpg


『古い記憶が蘇ってくる日』 (2020.1.29)
グループホーム寿の玄関で面会票を書いていた昨日午後、Sさんが事務所から出てきて「今日はお風呂に入りましたよ」と教えてくれた。面会票を提出し、うがい、手洗いをして妻の部屋に入ると鏡台の前に妻。第一声は「トイレが二ヵ所ともふさがってるの」だった。私を待たせ部屋から出てしばらくしたら「ノックしたらやっと出てきたよ。中で眠っていたみたい」と言って笑いながら戻って来た。「水を飲んでる?」と声を掛けたらコップを持って出て行き水を汲んできた。「あんたも飲む?」と差し出され、手を横に振ったら、『ちょこちょこ水を飲もう』と書いた張り紙を指さして、ベッドに腰掛けて飲みだした。自宅にいた頃、長女が書いて家の中あちこちに貼ったものの一枚だ。
空想にも入り込まず、記憶も比較的しっかりしている日だ。窓の外を見て「この辺りの景色を見ているとここがどこだか分かるよ。あの家の向こうの方は市役所の前から356に上ってくる道だね」と指さす。「そう。駐車場の向こうの家は会社で同期だったYさんの家だよ」と言ったら「私たちが結婚したとき田舎まで来てくれた人だよね。我孫子に来てから奥さんも何かの活動で一緒だったよ」と長い間会っていなかったYさん夫婦のことを思い出した。
自宅付近の道の話をしていて、「急な坂道は下るのが怖くなった。一度転びそうになってから通るのをやめた」と言ってから、急に「T先生ご夫婦はお元気?」と坂の横に住んでいた古い友人のことに話が飛んだ。「もう住んでおられないみたい。先日Aさんに聞いた」と答えると「私たちよりだいぶ年上だからねぇ。ここにいて会話が少ない人は段々忘れるけど、我孫子に来て一番長く一緒に活動したのはAさんだったよ。元気にしてるかねぇ」「つい先日来てくれて話をしたばかりでしょう」「忘れちゃったな。Aさんとは北京や香港、あんたが住んでいた天津のホテルにも一緒に行ったよ。気がつくとなんでも直ぐやってくれる人だし、言うことは単刀直入だよ」と、最近のことは忘れてしまっても、古い記憶が蘇ってくる日だ。
「もう帰るよ」と言ったら、「雨だから来てくれないかと思っていたが、来てくれて嬉しかったよ。午後はずっと一人かと思ってたけど、いっぱい話ができてよかったよ。いつも話ができる人だって突然さよならってこともないわけじゃない。話しているときには楽しく話せるようにしたいね」と言って玄関まで見送りに来た。200129c.jpg

雨だから誰もいなかった桃山公園の高台

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.28)
(アルツハイマー)

雨だから誰もいなかった桃山公園の高台、木立の間を抜けると背中から足元を抜ける風。200128.jpg

妻がお気に入りの沼を眺める高台、ななぜか淋しげに見える雨に霞む沼。どんな沼を見るのか今日も空想の世界を歩くだろう妻。200128a.jpg

雨でなければラジオの音が聞こえ出す頃、ラジオ体操に来る人や犬の散歩に来る人もいない広場。200128b.jpg


『目を瞑って空想の世界を歩いているのか』 (2020.1.28)
昨日午後の面会の時、入居者は二人しか残っていなかったおやつを食べたテーブルの前。係の人に面会票を出すと、「みんなとあっちにいますよ」指さした方にテレビを見ていた妻がいた。部屋に戻ると窓の外を眺めて「こんな日だから来ないかと思ったら来てくれたのね」と笑顔でベッドに腰掛けた。「窓の外を眺めても、現実の風景しか見えなくて何も変化しない。寒いし、こんな時は面会に来てくれるのが一番嬉しいな。こんな日は何もすることがなくて笑顔も出ないが、考えることは自由だから空想の世界にいつでも行ける。入り口のドアを見るとその向こうに空想の世界があって退屈しないの」「今日も空想の世界に行ったの?」「退屈だから空想の世界に行ったよ。上から見たら市民農園の駐車場の垣根の前にあんたがいた。急な坂を下るのは怖いから自動車が通る道を下って行ったらもういなかった。バスで何処かに行くから見送ろうとタビヤの前のバス停へ行ったらシャットアウトされて景色がぐじゃぐじゃになった。今日はバスが走らないかと思ったら景色が消えて、小学校の前から早稲田へ出た。高い壁の前にあんたがいたから呼んだが気がつかない。近寄ろうと思うと消えちゃった。帰ったのかと思って私も帰ろうとすると坂道の階段が急だから怖くて帰れない。安全に登れるのは自動車も通る広い道だと思って歩いたら神社の前の道になっちゃった」と目を瞑って空想の世界を歩いて、曲がる方向を指差しながら実況中継。
「これからどこへ行くの?」と訊ねたら、「空想は頭の中だから自由でしょう。空想の世界の散歩はいつも家に帰る途中で景色が消えちゃう」「空想の中で色んな人に会うの?」「この頃は活動もやめたからその頃の人には会わない。今日はあんたがいたのを見ただけ。最近子どもたちと会っていないから子どもたちも出てこない」「ここに入居したとき荷物を運んだり買い物をしに来てくれたよ」「忘れちゃった。顔を思い出せないから空想の中に出てこない」「今の話しは夢のこと?」「夢なら目が覚めて直ぐ消えちゃうけど、憶えているから夢じゃなくてぼんやりしてたのかな」と言って空想の世界から戻って来た妻。
「もう帰る時間だ」というと、「今まで一緒だった人たちにさよならして思い出せなくなって、その内あんたと夫婦だってことも分からなくなるかと思うと淋しいよ。帰ったらご飯ちゃんと食べてね」と泣き顔。「宅配弁当が来るから大丈夫」と応えると「ああ、そうだったね」と笑顔になって見送ってくれた。200128c.jpg

高台に立てば曇天の空の色をを映した沼

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.27)
(アルツハイマー)

昨夜寝る前のMapionの天気予報は晴れだったのに、目覚めて予報を見たら曇。桃山公園の高台に立てば曇天の空を映した沼。200127.jpg

いつまでも暗い沼に、カルガモたちが岸から出てきたのもいつもより遅かった。200127a.jpg


『私はいつまでここにいるの?』 (2020.1.27)
まだおやつの後の雑談中だった昨日午後、面会票を書いていると妻の声が聞こえた。係の人に面会票を渡したら妻は私に気付いたがおしゃべり中、先に部屋に入って待っていると間もなく戻って来た妻。「話の途中で戻っていいの?」「いいの、おやつは食べ終わったし、あの人たちに会話はないの」「あんたの声は聞こえていたよ」「・・・もう憶えていない。ここではコミュニケーションはないの」と、どうやら妻のコミュニケーションとは自分のしゃべっていることを聞いてくれる人がいるってことらしい。私と話すときも7~8割は妻がしゃべり、私の言うことはほとんど聞いていなくて素通りだ。妻のおしゃべりを遮らず、「うん、うん」と頷いていれば「楽しかった」と言う。そんな妻になったことに気付いたのは一年前くらい前からだったろう。
ふと気付いたようにカレンダーを手にとって「今日は26日?、何時に来た?、ここから書いてないから26日だね」と言って私が来たことをカレンダーに書き込んだ。ノートに妻がしゃべったことを書き留め、妻へのメッセージに『手を洗うこと、うがいをすること、水を飲むこと。新型ウイルスの流行で中国は大変』と書いたのを見て、「中国のこと、テレビで見たよ」と妻。ここに来てからテレビは見ていないと言っていたが見ていたことが判明。
「私はいつまでここにいるの?」とまた三日ほど前と同じ質問。「ずっとだよ」「私が申し込んだところに行かなくっちゃ」「それがここだよ」「ここはどこ?」「平和台病院系列のグループホーム寿」「その前にはどこにいた?」「自宅」「そうじゃないよ、退院しないと私の申し込んであるところに行けなくなっちゃうでしょ」と言われてやっと分かったような気がした。まだ膵炎で入院していたときの延長線上にいて、早く退院しなければ申し込んであったグループホーム寿に入れなくなると気にしているらしい。説明したときは、昨年見学に来た場所と同じだと納得しても、入居したときの記憶が欠落しているから何度も同じ心配をするらしい。ノートに書き加えた。『ここはグループホーム寿、ここなら安心できると言って申し込んであったところです。自宅の直ぐ近くです』と。200127b.jpg200127c.jpg

日曜日なのに車の行き来が多い下の道

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.26)
(アルツハイマー)

雨だからラジオ体操する人も写真を撮る人も来ず、たった一人の桃山公園の高台。日曜日なのに車の行き来が多い下の道。200126.jpg

やっと明るくなった沼。べったりと濃淡のない雲が空一面を覆っていた。200126a.jpg

広場の街灯の近く、いっぱい実をつけていたマユミの木。ススキを掻き分けて入ってきた19年ほど前にまだ小さかったマユミの木が生えていた。公園になっても刈り取られないで生き残り、今では大きな木になった。200126b.jpg


『空想の世界の事だって嘘じゃない』
3時のおやつの時間の後に面会に行った昨日午後、まだみんなテーブルの前に座っていて係の人の話を聞いていた。面会票を提出に行くと私を見付けた妻、席を立って私を自分の部屋へ連れて行き、「ちょっと待っててね。夫が来たから部屋へ帰るって言ってくる」と言って出掛け、しばらくして戻って来た。「まだお話があったんじゃないの?」「もう食べ終わったの。ここじゃ会話のできない人ばかりでコミュニケションがないの。面倒見てくれる人は優しくて親切だけど、みんなにコミュニケーションをとらせるのじゃなくてお話をしてくれるだけ」「あんたは何にも言わなかったの」「うけるようなことを言ったかもしれないが憶えていない」「今日は何したの?」と問えば「ここにいると、嫌だなぁとしかめっ面するようなことがないのはいいけど暇だ」「風邪、つらくない?」「ここにいていいのはいつも体調を見てくれるから安心だ」「暇すぎない?」「暇なときは寝ている。気楽だよ。今日は手賀沼に行ってきた」「空想の世界のことかい?」と言ったら、延々と空想の世界のことを語り始めた。
「ここにいて何にもしないでいると退屈だから頭の中で散歩をするよ。今日も手賀沼に散歩に行った。家を出てタビヤの前のバス停の所までは行かれてやれやれと思って、そこから引き返して神社へ行く道を途中で曲がって、赤坂さんの家の前を通って水の館の方には行かないで、細い道を手賀沼の方へ行った。遊歩道を歩いてもこのごろは知っている人には出会わない。誰かがじっと立っていて、人を待ってるのかなと思った。帰りには公園へ階段を上って、手賀沼を眺めてから家に帰ってきた。ああ、ちゃんと行ってこられたなと思った。そうすると行ってきたなと思えるようになる。人間は考えなしでは生きて行けない。だから、一人でいても頭の中で散歩できるから退屈じゃない。空想の世界の事だって嘘じゃない。今までその場所でいっぱい経験があって、その思い出を辿って頭の中で散歩してきたからそれは新しい出来事になる。それを今日の出来事だと思って話すと嘘みたいだけど、実際にはなかったことでも、経験したことを思い出したり、つなげたりして頭の中に思い浮かべて歩いてるからるから嘘じゃない。それをあなたが聞いてくれると、今日はこういうことがあったという喜びになる」と、何度も立ち止まって思い出しているようにぽつりぽつりと語った。
私が妻のおしゃべりをノートにメモしていると覗き込んで、「何か言っても直ぐ忘れちゃうから、言ったことを書いておいてくれると後で読み返すこともできるし、子どもたちが来て読んだらお母さんはどんな生活をしていたか分かるじゃない」と言ってノートを受け取った。200126c.jpg

雲の隙間にちょっとだけ見えた遅い日の出

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.25)
(アルツハイマー)

桃山公園の高台に着いた頃は上空に晴れ間もあったが、日の出の頃になると一面雲。雲の隙間にちょっとだけ見えた遅い日の出。200125.jpg

また雲に隠れた太陽、雲間から漏れる光に染まった沼。200125a.jpg

北東の風だから風に向かって沼中央に出てきたオオハクチョウ。飛び立ちそうでなかなか飛んでくれないのは、まだ集まってこない仲間を待っているのか。200125b.jpg


『もっと歌いたい』 (2020.1.25)
少し早めに妻に面会に行った昨日午後、面会票を書こうとしていたらOさんが出てきて、「咳が出始めたが熱は37℃かそれ以下だった」と妻の様子を聞く。様子を見て医師の診察と薬をもらう予定だとのこと。ちょうどそのとき妻の部屋を覗き込んでいた職員さん「ボランティアの人のピアノに合わせみんなで歌うので参加しませんか」と妻を誘っていた。できれば一日中でも歌っていたいほど歌うことが好きな妻、歌ってくれば気も晴れるだろうと慌てて妻の部屋へ。部屋に入ると元気そうにベッドの中から手を振っていた。「歌いに行くだろう?」と声を掛けたら「うん、行きたい」と言って咳をする。パジャマのズボンを履き替えさせ上着を着せながら「風邪を引いたね」と言えば「たいしたことはない」「咳が出るね」「出ないよ」と言いながらまた咳。
通いサービスの人たちと一緒に、ボランティアの人の演奏に合わせて子ども時代に歌った童謡や小学校唱歌を合唱。喜々とし姿勢を正して歌っていた妻、歌っている間は咳も出なかった。会が終わり通いサービスの人たちは帰宅、ホーム入居の人たちはおやつをもらいに立ち去ったが、妻は椅子に座ったまま立ち上がろうとしない。職員さんに促されると、「もっと歌いたい」と言い、「次回にこの続きを歌うからね」と言われてやっと立ち上がった。
3時のおやつが始まるので帰ろうとしたら、「まだ面会票頂いていなかった」と言って、玄関の解錠をしに来てくれた職員さん、後を追って来た妻は「今日は昨日よりも頭がすっきりしている。昨日は頭の中がごじゃごじゃしていた」と。面会票を書いて職員さんに渡すと、「あれ、もう帰っちゃうの、なんだ私を連れてってくれるのじゃなかったの」と冗談を言いながら笑顔で見送ってくれた妻。200125c.jpg

もうちょっと沼の上まで赤いといいのにな

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.24)
(アルツハイマー)

桃山公園の高台に着いたらすでに先客が一人、「もうちょっと沼の上まで赤いといいのにな」と呟く。200124.jpg

どんどん厚い雲が張り出す日の出方向の地平線。日の出は見られないかと思ったら、小さな雲の隙間に重なった日の出。200124a.jpg

瞬時の日の出が消えて、再び太陽は厚い雲の中へ。上空に広がった青空に漂う白い雲。200124b.jpg


『「顔中マスクだね」と言うと鏡を見て笑い出す』 (2020.1.24)
出発が遅れたので3時のおやつが終わる頃を目指して妻に面会に行った昨日。面会票を書いていると「風邪が流行っているからマスクを着用して下さい」とマスクを頂いた。妻は共用フロアのテーブルでおやつをもらって食べ終わり、皆さんと談笑していた。係の人に私が来たと告げられ、私を見付け「来てくれたの」と言いながら近寄って来た声は鼻声だった。自室に入って鼻をかませたがやっぱり鼻声、「風邪を引いたかな」と言うと「そんな感じ、全然ない」と笑顔で応えた。Oさんが来て、「昨日から鼻水が出ているようだったが、今日の健康チェックでもひどくなる気配はなかった。風邪を引いて診察を受けた人もいた」と妻の様子を聞いた。自宅にいたときも風邪の前兆は鼻声になり葛根湯を服用していたことを話すと、ホームでの薬服用は医師の管理下にあって医師の許可なく薬を服用せせることはできないと説明された。部屋の中が乾燥しているからマスクを着用すると喉が痛くならないと妻にもマスクを頂いた。いつも小さめのマスクをつける妻が頂いたマスクをつけると顔半分がマスクになった。風邪がはやり出すと入居者が風邪を引くのが一巡して収束することが多いと。様子を見て必要なら医師の薬を取り寄せてくれるとのことだった。入居者にマスクをつけさせても直ぐ外してしまうのが悩みのようだ。Oさんが退室してから、「顔中マスクだね」と言うと鏡を見て笑い出した妻。
面会にに来たとき話したことの要点を書き残しているノートを読んだ妻、昨年9月に膵炎で入院したときのことを読んで、「直ぐ近くの病院に入院してたんだ。憶えていないけど大変だったね。読むとこんなことがあったんだと思っても、頭の中に入らずに直ぐ消えちゃう」と言って何ページかをめくって読んだ。今日もノートに鼻声だったことを書き、『手を洗うこと、うがいをすること、水を飲むこと、マスクをかけること。また明日も来るね』と書いてから帰宅。200124c.jpg

見ているだけでいいじゃん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.23)
(アルツハイマー)

何の変哲もない曇天の朝、こんな朝「撮るものがない」とぼやけば、「見ているだけでいいじゃん。その内に何か撮りたいものが見えてくる」と言っていた在りし日のMさんを思い出す。19年前、ここを起点に1000日以上一緒に手賀沼を撮り、手賀沼のことを教えてくれたMさん。今も私の横にアルミ製の大きな三脚が立っているような気がする日々。200123.jpg

Mさんが急逝した直前、最後に一緒にここで撮った昨年10月29日、1月になったら「ネコの木が色んな表情になる」と言ったのでそれにこだわった毎朝撮っているが、彼がどんな風に撮ろうとしていたのか私には分からない。200123a.jpg


『直ぐ忘れちゃうからまた分からなくなる』 (2020.1.23)
いつもの時間に妻に面会に行った昨日午後、グループホーム居住の人たちも通いサービスの人たちと一緒に、ボランティアの人たちのリードで子ども時代に流行っていた演歌を何曲も歌っていた。妻を自室に連れてこようかと言われたが、歌うことが好きな妻だからそのままにしてもらい、後ろから様子を眺めていた。歌っていた人たちも妻も楽しそうな表情をしていた。続いて頭の体操、動作に合わせて同時に左右の手別々のグー・チョキ・パーをつくる体操を私も一緒にやってみたが、私には参加者の皆さんのように上手にはできない。妻を見ると、左右の動作が向かい合ったリーダーと同じ方向で、一人だけみんなとは逆の動きをしていた。職員が直してくれるが次の動作に移るとまた同じミス。ボランティアの方たちが引き上げたら、時間が来るまで懐メロをメドレーで合唱して終了。私を見付けた妻はびっくりした顔で「夫が来ていた」と言って私を指さした。
自室に戻ると入居者の皆さんが共通スペースでもらっていたおやつとお茶を運んで来てくれた。お菓子を半分に割って私にも食べさせ嬉しそうにほほえんだ。「いつになったら私は解放されるの?」と立て続けの質問が始まった。「家に帰るってこと?」「そう」「娘たちが来たとき外出届を出し、自宅に戻って一緒に過ごし、夕方になったらここに戻ってくることはできるよ」「どうして家に泊まっちゃダメなの?」「家には私しか住んでいなくって、もしも救急車を呼ぶようなことがあっても障害のある私じゃ助けられなくなってきたし、家に泊まると環境が変わって睡眠障害が心配だからね」「ああ、そうだったね。あんたには一人暮らしさせててごめんね。ここは私が申し込んだところだよね?」「そうだよ」「分かった。家は直ぐ近くだったし、よかったね。なんでここにいるかが分かったけど、直ぐ忘れちゃうからまた分からなくなるんだ」と、前日と同じような話になった。
直ぐ忘れるから言ったことを書いておいてほしいと言われて用意したノートに妻からのメモが書いてあった。『1月23日 午後13:10分  時間の観念?がすっぽりとどこかへ飛んで行ってしまった様だ。いま何時?と何回も聞いても、すぐ忘れる今日であるぞよ。この先、どういうことになるのか見当が付かない。まあ、なる様にしかならないから、あせらないでいこう。とは言っても抜け落ちた部分がどういう形で回復していくのか当面の問題だな。これはだれのことかどこかへ飛んで行ってしまうのか、落ち着けば元にもどるかがやっぱり一番の関心事だ。あせらないで、できるだけ他の人と会話をして、かくれている頭の中を目ざめさせる以外にない。』200123b.jpg200123c.jpg

地上の灯りに照らされて黄色に染まった雲

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.22)
(アルツハイマー)

上空には青空も見えていたが、桃山公園の高台に立つと地上の灯りに照らされて黄色に染まった雲。200122.jpg

日の出はなさそうだと早々に帰った人もいたが、雲の隙間に瞬時の日の出。200122a.jpg

帰り仕度を始めていたら、雲の隙間からあふれ出た光芒。200122b.jpg


『物忘れのことばかり言う日だ』 (2020.1.22)
妻に面会に行った昨日午後、面会票に記入し共通スペースにいた職員さんに提出、手を洗いうがいをして妻の部屋に入ったらベッドに潜り込んでいた妻。私を見付けベッドに寝たまま手を振っていた。「どうしたの?」「どうもしてないけど眠くなっただけ」と言って起き上がると、「トイレに行ってくる。さっきから我慢してたんだ」と言って部屋から出て行った。昨日転んだのでどんな歩き方をしているか見ていたが、歩くのに支障はなさそうだ。
「足は痛くない?」「足は痛くないけどこっち(左上腕部)が痛い。どうしたんだろう?」「昨日転んだからだろう」「転んだ? 憶えてないな」「昨日トイレに行くとき転んでパニックになったよ。OさんやSさんを困らせちゃった」「憶えていないけど、悪い子だったね。都合の悪いことは忘れちゃうんだ」とあっけらかん。両手を挙げさせると左手は水平になったとき痛むが我慢すれば上まで上がる。
独り言のように「こうやって一人で部屋の中にいると色んなことを考える。考えても片っ端から忘れちゃう。つらいことがあったり、つらいことを考えても直ぐに忘れちゃうからあまりつらくはない」と言って私の方を見て、「昨日は来てくれた?」「来たよ」「忘れてもいいように今日も来たって書いとくよ」とカレンダーを引き寄せ記入した。「昨日も一昨日も、ずっと来てくれてたんだね。なんで?って書いてあるんだろう」「私の名前の漢字を間違えて書いて、後で直しながら?って書いていたよ」「私って馬鹿になっちゃったね」と言って枕元にあったノートを開いた。妻に質問され、答えたことを書いておくノートだ。「私の子どもは二人、AとL、八王子と横浜に住んでる。今日はちゃんと憶えていたでしょう」と、開いていてのは子ども二人のことを忘れて思い出せなかったときのページ。
入居日に持って来た12日の新聞を見て、「直ぐ忘れても、何度も読めば世の中のことが分かってくる。分かっても直ぐ忘れちゃうけど。字は読めるよ。字を読むのは忘れないよ」と、物忘れのことばかり言う日だ。200122c.jpg

北西の風が強く波立って暗い沼

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.21)
(アルツハイマー)

桃山公園の高台に立てば東の地平線はオレンジ色に染まり始めたが、北西の風が強く波立って暗い沼。200121.jpg

波立ってまだ薄暗い沼、風を避けて岸沿いに泳いできたコブハクチョウの母さんと子ども6羽。200121a.jpg

快晴の空の裾、出れば眩しい強風の朝の日の出。200121b.jpg


『転んでパニックになった妻』 (2020.1.21)
昨日午後、グループホーム寿のOさんから電話を頂いた。妻がトイレに行くとき転んで、足をひねったようだと言ってパニックになっている。面会に来られたときにびっくりしないように電話したとのこと。泣いたりパニックになったとき効き目のあるリンゴ黒酢で淡い味付けした水を飲ませるように頼んだ。私が魔法の水と呼んでいるほど、泣き止ませたりパニックを治めさるのに効くから。
面会に行くとベッドに寝かされた妻の右足をチェックしていたOさんとSさん、妻を自力でベッドに腰掛けさせ足を動かさせたり足の指を動かせて細かいチェック。動かし方によって「痛い」と言うが骨折はなさそう。病院行きの車をスタンバイしていたがキャンセル、痛みに効く湿布薬を貼ってくれた。転んだときに打ったのだろう右肩から肩に掛けて痛いと言うが、自分で手を上げ下げさせても異常はない。足の痛みには異常なほど敏感に反応する妻、徐々に足が弱ってきて歩けなくなることへの恐怖心があり、骨折して寝たきりになるのではないかと思ってパニックになったらしい。
忘れさせようと話題を変え、「あなたの子どもは何人?」と訊ねたら「女は二人、男は分からない」と言った。長女と次女は名前と住んでいるところを思い出し、男の子どもがいたかどうかしばらく考えていた。いなかったと気づき、「私は男の子は産んでいない、もしいたらあなたが何処かで作っていた子どもだよ」と言ってやっと笑った。
帰路、市役所から貸与されていた徘徊探知システムのGPS端末を返却に行った。昨年末までは一人で近くの公園まで散歩に出掛けていたが、探知システムは無料の範囲で私が試験的に居場所を探知しただけだった。一ヶ月500円の使用料は私の安心のコストだった。
夕方になって、我孫子中央歯科室と名乗る女性からの電話があり、巡回診療で妻の診察を行ったと伝えられ、医師に代わって歯石があり虫歯も二本あると説明され、治療の希望はあるかと聞かれあると回答。事務的な話しは女性に代わって、最初は月4回の治療、次第に間隔が広がって月一回になること、支払いは郵便局の払込用紙を送付するから住所を確認したいと、あまりにも簡潔な手際のいい説明。手際がよすぎて、ふと騙されているのではと思い、「私の住所をご存じないのですか」と問えばしばらく無言、「こちらからホームに問い合わせてもいいですか?」と言われ「はい」。介護保険、健康保険を使い、個人負担1割で、継続的な口腔ケアは最大で2500円/月、虫歯は1000円/本と聞いた。
直後にOさんに電話し、訪問診療があったことを確認した。我孫子中央歯科室からの電話が、あまりも簡潔かつ手際がよすぎてこちらが口を挟む余地が見つからない程だったので、つい疑って失礼な応対をしてしまった。Oさんから連絡して下さるようお願いした。200121c.jpg

桃山公園の高台に立てば上空の青空に月

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.20)
(アルツハイマー)

桃山公園の高台に立てば上空の青空に月。地平線の空がオレンジ色に染まって沼もオレンジ色。200120.jpg

日の出前に赤くなった空、ネコの木の耳の部分にそれぞれカラスが一羽ずつ。200120a.jpg

片山辺りの丘から目映い日の出。丘の上まで登ればカメラにももう眩しすぎ。200120b.jpg


『邪魔しちゃ悪いと思ったの』 (2020.1.20)
妻に面会に行った昨日午後、面会票を提出に行くと「午前中にお友達が来られて、帰った後で泣いていました」とSさん。ベッドに寝ていた妻は「疲れちゃったの」と言って寝たままで手だけ振っていた。ちょっと落ち込み気味か、「起きないの」と言ったら気が進まない様子でベッドに腰掛けた。「午前中にどなたが来てくれたの?」「誰も来なかったよ」「散歩の途中で寄ってくれたってノートに書いてあるよ」「忘れちゃった」と。「ノートにお名前も書いておいてくれると分かったのにね」と言ったが、その話には関心がなさそうな素振り。入居したとき見つからなかった暖かいズボンとパジャマのズボンを渡すと袋の中を覗き、部屋に来たSさんにクローゼットへ収納してもらった。
Sさんから入居者の家族へのアンケートを頼まれた。千葉県地域密着型サービス外部評価選定要綱第3条に規定された外部評価のためとのこと。その場で記入し始めたら、何か話し掛けたそうにニコニコして私の方を見ていた妻、「どうして今日はしゃべらないの?」と声を掛けたら「私のことで熱心に書き物をしてたから邪魔しちゃ悪いと思ったの」と言ってアンケートを覗き込んだ。
妻が髪を切りたいというのでホームに来る床屋さんの予約をしたら、妻がボランティアをしていた頃に行ったホームでは、床屋さんが短く刈り上げていたのを思い出して床屋さんじゃいやと友だちのAさんに話し、Aさんが美容院に連れて行ってくれると申し出てくれた。そのことでOさん、Sさんに相談すると「床屋さんでも、ここでは長い髪にしている人もいるし、要望に応じてカットしてくれる」との説明があった。妻は「床屋さんが要望を聞いてくれるならここで床屋さんにカットしてもらう」と言い、改めて床屋さんの予約をお願いした。入居前の入院以来、急に歩く姿が危なっかしくなって、外の美容院に連れて行ってもらったとき転んだりしてAさんに迷惑を掛ける心配もなくなった。
3時のおやつの時間が迫ってきて、「みんなと一緒におやつを頂いておいで。明日もまた来るかね」と言って帰り支度、玄関の解錠をしてくれたSさんと一緒に玄関まで見送りに来た妻。200120c.jpg

青空の裾には雲、どんどん遠くへ退く

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.19)
(アルツハイマー)

晴天の天気予報を見て早起き、桃山公園の高台に行けば青空の裾には雲、どんどん遠くへ退くので眩しい日の出になりそうな予感。200119.jpg

もうネコの木の向こうを通り越した日の出の位置、出た途端眩しい太陽と赤い空に赤い沼。200119a.jpg

もう帰ろうと数十歩歩いて振り返れば、高台の木のシルエットの向こうに太陽。200119b.jpg


『あれ、昨日も一昨日も来てくれたのね』 (2020.1.19)
雪が降りそうだから午前中に面会に行った昨日、共通スペースにいた妻が呼び出され廊下に出てきて私を見付けるとまた泣きそうな顔になる。「どうして泣くの?」と言ったら「嬉しいから」と言いながら私の手を握り「外は寒いんだね、冷たい手」と言って自分の部屋に入る。カレンダーに私が来たことを書き込もうとして「あれ、昨日も一昨日も来てくれたのね。書いてあるよ」と言った後、「色んなことを忘れちゃうけど、あなたが夫だってことは忘れていないよ。その内それも忘れちゃうだろうけど、それでも夫で居てくれる?」「もちろんだよ」「嬉しい。もう夫婦じゃないって言わないよね」と言って笑う。「昨日のことも忘れちゃうから、何かを仕舞ってもどこにあるか分からなくなる。だからなんでも見えるところに並べてある。鏡台の前だってきれいに並べてあるでしょう」と鏡台を指さす。
午後長女が予備の上履きを買って持ってくる。一緒に面会に行ったら長女の名前を呼んで抱きつき、両手でほっぺを撫でる。長女と話している内に孫娘の名前も思い出し、長女の住んでいる場所の話をしている間に最初の頃の事は忘れてしまい、長女の名前はやっと思い出したものの孫娘の名前はもう思い出せなかった。
夕方、近所の親友Aさんが面会に行くと髪が伸びたから切る話になった。ホームに来てくれるのは床屋さんだと聞いて、床屋なら短く刈り上げる、ボタンティアで行った施設のお年寄りみたいに刈り上げられたらつらい言い出したと。Aさんが付き添って美容院に行ってくれると言ってくれているが、そういう外出ができるだろうか。
前日どなたか妻の友だちが面会に来て下さったと係の方から聞いて、妻に確認したがどなたが来て下さったか全く記憶はなかった。一昨日は戦争で逃げたり隠れたりする妄想にとりつかれていて、人に会いたがらず共通スペースにも行きたがらないほどだったので、もしかして失礼な対応になったかもしれない。200119c.jpg

水の館の展望台から沼を撮る

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.18)
(アルツハイマー)

雨の予報だったからゆっくり起きて、水の館の展望台から沼を撮る。外は雨に雪が交じり始め、いつもは見えるフィッシングセンター、手賀川の水道橋や浅間橋は霞んで見えなかった。200118.jpg

もう噴水の機能を停止したカッパの噴水の周り、五羽のカワウが陣取る中にユリカモメ二羽が来てとまった。200118a.jpg

早朝の撮影に代わって昼近く、帰宅の途中に桃山公園に寄って、高台から雪交じりの雨に霞む沼を見る。200118b.jpg


『なぜ日本は大騒ぎしているの?』 (2020.1.18)
妻の面会に行った昨日午後、ドアを開けたら頭まで毛布を被って寝ていた妻、物音に気付いてそっと毛布を持ち上げて、「うれしい。あなたが捕まらなくてよかったね。なぜ日本は大騒ぎしているの?」「大騒ぎにはなっていないし、静かだよ」「戦争になったから隠れていようと思った。静かに隠れていたら見付けられないだろうと思っていた。あなたが捕まって何処かに連れて行かれるのではないかと心配になって、私が布団に隠れて静かにしていたらあなたも捕まらないような気がしていた」「夢を見たんだ。戦争なんかになっていないよ」「じゃぁ平和なんだ。私が一人で戦争をしていたのか」「大丈夫、平和だよ」「子どもの頃に戦争で逃げ回った人に話をいっぱい聞いたし、ずっとそれが体の中に残っていてこんなことを考えていたのかな」と言ってトイレに立った。戻ってくると目が覚めて、ほぼ現実の世界に戻ってきていた。子どもの頃何度となく聞いたという妻の叔母家族が満州から命からがら逃げ帰った時のこと、私が天安門事件に遭遇し帰国できなくなったことの記憶を断片的に思い出し妄想いたのだろう。
髪が伸びてうるさいと言っていたので係の人に問い合わせると、何人か希望者がまとまったら床屋に来てもらって居るとのこと、次回の時の予約を入れてもらった。部屋に戻って帰り仕度をしていると「もう帰っちゃうの」と言って、座っていた私の頭に妻の頭を押しつけてきた。気持ちをうまく言葉で表現できにくくなってきて、耐えがたいほどの不安の中に居ることを表現しようとしていたのだろう。暗い気持ちを引き摺っているような妻だった。玄関の扉は内側からは暗証番号を打ち込まないと開かないので、係の人に解錠しもらうと妻も一緒に来て玄関まで見送りしてくれた。200118c.jpg

やっと明るくなってきた曇天の手賀沼

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.17)
(アルツハイマー)

いつまでも暗かった桃山公園の高台、やっと明るくなってきた曇天の手賀沼。200117.jpg

高台の柵に身を乗り出すように左寄りに動けば、水神山古墳の陰から見えたスカイツリーの灯り。200117a.jpg

撮影から戻って、ふと気がついたら咲いていた我が家の庭の臘梅の花。200117b.jpg



『得意そうに語ってVサイン』 (2020.1.17)
いつもよりちょっと早く妻に面会しに行った昨日午後、面会票を係の人に渡すと共通スペースに居た妻が呼び出され、係の人に連れられて私を出迎えに来て、「これ、私の夫」と係の人に言って嬉しそう。「久しぶりね」と言うので「昨日も来たよ」と応えれば、「あらそうだったの、昨日のことは全部忘れちゃった」と、ちょっとハイになっていた妻。
メモで頼まれていた爪切りと天眼鏡を持って行ったが、個室に刃物を保管してはいけないので許可を得て、妻が自分で爪を切るのを見守り、切り終わったら係の人に預けた。
鏡台の前の椅子に腰掛けると、「ここはね、ずっと前に私も下見に来て自分で申し込んだところだって分かったよ。家の直ぐ近くで、市役所の前の道を上って356の手前を左に入ったところ、やっと私の頭の中の地図と一致して気持ちが楽になった。ずっと建物の中に居て、口でここが入ることになっていたところだって言われても私の地図とは重ならなかった。この辺りの道の景色は知っているから、表の道がちょっとみえたら自分の居るところが分かった」と得意そうに語ってVサイン。
帰る間際、髪が伸びたので切りたいと言った妻。グループホームまで出張してくれる床屋さんがあると申込時に聞いた記憶がある。「明日、係の人に聞いて申し込むからね」と言って帰る。玄関まで見送りに来て「明日も来てね」と手を振っていた妻。200117c.jpg

色づき始めた頭上に広がる雲

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.16)
(アルツハイマー)

微かだった地平線のオレンジ色が濃くなり、色づき始めた頭上に広がる雲。200116.jpg

日の出直前の赤橙色の空を映した水面、岸辺から沼に出てきたコガモやカルガモ。200116a.jpg

地平線の雲はなく、片山辺りの丘から登る目映い太陽。200116b.jpg



『自分で撮った写真だから思い出せた』 (2020.1.16)
妻に面会に行った昨日午後、ベッドに腰掛けた妻の前にしゃがみ込み、妻の話しに相づちを打っていた介護職員さん。私の顔を見付けた途端に泣き出しそうな顔になった妻、職員の方から「今朝はめまいがあった」と聞く。妻が三人の妹たちとドイツ、スイス、フランスを旅したとき妻が撮ってきたアルバムを持参して渡した。適当に開いたページを見るや「ライン川だ、岸には幾つも城があった」と、次々めくったページで思い出すことを語った。「よく憶えているね」と褒めたら「テレビで見たのは直ぐ忘れるけど、自分の目で見て経験したし、自分で撮った写真だから思い出せた」と言った。
Oさんが部屋に来て「今朝からめまいを訴え、手も震えていた。入居最初の訪問診療で来られたY先生の診察を受け、夕方にはめまいの薬を届けてもらうことになった」との説明があり、中止していたリバスタッチパッチはどうなったか問えば、まずめまいを解決してからリバスタッチパッチについて考えると先生は言っていたとのこと。「リバスタッチパッチをやめるもの選択肢の一つかと思う」とOさんに私の気持ちを伝えたら、「私は医師ではないからやめてもいいかには答えられないが、リバスタッチパッチが合わない人は多いようです」とのことだった。
一昨日、爪が伸びたから爪切りと、文字を見るのに大きな天眼鏡が欲しいと言うので、欲しいものはメモに書いておいてと伝えたら、テーブルの上にメモが置いてあった。『爪切り、天眼鏡、鉛筆削り、歯ブラシ』と欲しいものの下に、『我孫子の家に帰りたい。原点に戻って現在を考えたい。何が何だかわからなくなっちゃったみたい。いったいどうしてこんなに先が見えなくなったのか頭の中がぐちゃぐちゃになっている思いがする。すぐ近くに居て家へ戻れないことの意味付けを今一度考えてみたい。何か先を急ぎすぎて居ないか? ゆったりとお父さんとくらしたい』と書いてあったのを読み胸が痛む思いがした。200116c.jpg

手賀大橋の先は雨に煙っておぼろげ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2020.1.15)
(アルツハイマー)

雨だったからゆっくり起きて遅い朝食、水の館の展望台に登ったら手賀大橋の先は雨に煙っておぼろげ。200115.jpg

飛んできてカッパの噴水近くに舞い降りたカワウ、どこに飛び上がろうかと見回して左のカッパの腕の上に。右のカッパの頭にはすでにユリカモメの客。200115a.jpg

エレベーターで下ろうと思えばドアに貼られた『階段を利用しましょう』の文字。「下りだからやめとこう、転んだら大変」と呟きながらエレベーターに乗る。200115b.jpg



『多弁になった妻のおしゃべりが子守歌』 (2020.1.15)
昨日午後2時少し前に妻に面会、出迎えてくれたSさんが「昨夜は二度ほどトイレに起きたが、トイレの場所も分かって自分で行った。よく寝たので今日は調子がいい」と妻の様子を教えてくれた。部屋を覗けば鏡台の前、「来てくれたの。ちょっと待ってて、眉を描いちゃうから。もとが悪いからちょっと直して利発に見えるようにするから」と機嫌がいい。「今日はご機嫌がいいね。ここはどこだか分かった?」と声を掛けたら、「昨日はここが市役所の近くの、前に見に来て申し込んだところだとは思わなかった。説明を聞いてここがそこだとわかったよ。家も近いし私が家に通ってもいいくらいだけど、それはダメだよね」と笑顔で答えた。家を離れてグループホーム寿に行かなければならないと年末からずっと思い続け、私にも入居してからのことを考えて何度も話していたが、ここに入居したことを思い出せなかった上に、京都旅行の空想の世界にも入り込んで、自分がどこにいるか分からない不安に襲われたらしい。昨日、ここがグループホーム寿だと私が言ったとき、一度家に帰って出直してきたら納得できると言った妻の気持ちがよく分かった。安心したせいか、多弁になった妻のおしゃべりが子守歌のように聞こえてつい居眠り。気付いた妻がベッドを指さし「ここに寝たら」と言うので、「ベッドに寝たら帰るのがいやになっちゃう」と答えたら、「それじゃぁダメね」と笑い出す。
妻のおしゃべりはほとんどが道のこと。天王台駅から自宅へ帰れなくなった空想か夢のことが気になっていて、天王台駅から自宅までの景色を実況中継のように呟き、帰ってこれたと嬉しそう。「ちゃんと言えるよ」と言って、天井を見上げて思い出しながら長女と次女の名前や八王子と横浜に住んでいることをたどたどしく語った。
帰宅してカメラを妻の部屋に忘れてきたことを思い出し、グループホーム寿に電話したら妻の友だちAさんが面会に来ていて自宅に届けてくれた。Aさんとも10日に比べたらいろんな会話ができるようになっていたと聞いた。200115c.jpg