近所の桃山公園から朝の沼を見る

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.10)
(アルツハイマー)

朝寝坊、手賀川まで撮影に行くには遅すぎて、近所の桃山公園から朝の沼を見る。191010.jpg

間違えたのだろう土浦ナンバーの軽自動車、遊歩道を苦労してバックし、藤棚の下を潜って戻る。191010a.jpg


『さすがプロ、鮮やかな話術と荷物の入れ替え』(2019.10.10)
昨日朝、手賀川へ撮影しに出掛ける前に妻の様子を見に部屋を覗くとまだ眠っていた。ベッドの脇にはWへショートステイに出掛けるつもりらしい荷物が二つ。昨夜自分で支度したらしい。飲み忘れたらしく水がいつもより多く残っていた。目が覚めた妻にコップ一杯水を飲ませたら、ショートステイに持って行く荷物を用意して寝たから水を飲むのを忘れたと言う。荷物の中に、前日洗ったばかりのタオルをありったけ入れてあったが、私が取り出すと不機嫌になるからTさんがチェックしてあるときに直して貰うようにそのままにしておく。
朝食中、「どうしてひとときにこんなにいろんな事があるの、どうして検査を何度も頼んできたの、どうして今日Wに行かなくてはならないの」と不満顔に言う。妻にしたら、私が矢継ぎ早に病院通いやショートステイをアレンジしたと思い込んでいるようだ。説明すれば不満を増幅させるだけ、黙ってショートステイに持って行く妻の薬を袋詰めしてその場をやり過ごした。
10時にTさんが迎えに来て、早速荷物をチェックしてくれ、「この帽子いいわね、可愛いよ。被って行く?」と言って帽子を取り出す。「タオル、沢山あるね。少し減らそうか」と言って大半を取り出し、パジャマや着替えの衣類などをチェックしてくれる。「寒くなるといけないから長袖のシャツも持って行こうね」と妻と一緒に妻のベッドの上に並べてあったものから必要なものを選んでバッグに入れてくれる。実に鮮やかな話術と荷物の入れ替え。さすがプロ、あれだけ私が苦しんだ荷物造りがあっという間に終わってしまった。妻は自分も一緒に荷物の入れ替えをしている気分か、Tさんと一緒に歩きニコニコしている。私からTさんに薬、薬手帳、薬の説明書、保険証類、ショートステイ申込書を渡したら、Tさんは「行ってきます」と言って妻を迎えの車に乗り込ませる。振り向きもしない妻。何があったかは忘れても、昨夜以来、私との間のいやな気分だけが残っているのか私によそよそしい態度で出掛けていった。あとに残ったのは昨夜つい言ってしまった語調の強い言葉と、言っても仕方のない説明をしたことを悔やむ気持ち。私にとっては貴重な四日間の休息の時、何もしないで寝ていよう。191010b.jpg191010c.jpg

ビッグ親子をよく見たら母さんがいない

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.9)
(アルツハイマー)

未だ暗い中、「コブハクチョウが飛んだ。ビッグ父さんのようだ」とお兄さん。少し明るくなって土手を下って、ビッグ親子をよく見たら母さんがいない。飛んだのは父さんではなく母さんだった。追い出された子どもが戻ってきて、母さんが追い払いに飛んだのだろう。191009.jpg

バロン夫婦が餌を貰えば、集まってきたオオバンやカルガモに混じってバンが一羽。要領よくオオバンやカルガモの間をすり抜けて餌を食べ、早々に群れの中から出てきたバン。191009a.jpg

雲を染め、下水処理場の上に日の出。風があって波立つ川面はずブルーのまま。191009b.jpg


『ああ、疲れて眠い』(2019.10.9)
昨日の朝食前、洗濯をしようとして妻の洗濯するものを探しに行ったら、ベッドに腰掛けて半泣きの顔。「どうしたの? 何をしていたの?」と言ったら顔を両手で覆って泣き出す。「何をすればいいの、何をしたらいいのか分からなくなった」と泣きじゃくりながら呟いた。取手の病院へ検査を受けに行く時の着るものを探していて、途中からWへショートステイに行く支度をすることを考え訳がわからなくなっていたらしい。天気予報を見て着て行くものを選び、翌日ショートステイに行く持ち物はWのTさんが迎えに着た時に手伝ってくれるから心配ないと説明してやっと泣き止んだ。
朝食中、「今日はどこへ行く?」「取手の病院」「明日は?」「Wへお泊まり」とのやりとり、10分も経つとまた同じ質問。一つだけのことなら混乱しないが、二つのことがあると訳がわからなくなって不安になるようだ。同じやりとりが三度も四度も続くと忙しさに私もつい苛ついて返事をしてしまう。感情的な部分は敏感に反応し、いやな感情だけを引き摺って不機嫌になり、黙りこくる妻。またやってしまったかと自省の念だけが残る。
午後、タクシーで取手の病院へ。一回の受診で検査まで終わるかと思っていたら、発病以来のことを確認しながら問診、採血して1時間後に結果を評価して検査の説明を受ける。後日の腹部CT検査を受けること、結果説明を受けることの二つの予約を取って貰って、タクシーで帰宅。
夕食が終わって、「明日はどこに行くのだった?」「Wへ三泊四日のお泊まり」「何時に出発?」「10時にTさんが迎えに来てくれる」「そんな話し始めて聞いた。まだ全然支度してないじゃないの」「Tさんが迎えに来たとき手伝ってくれるから心配しないでね」「だって行くのは私でしょ、今から自分で支度するわよ」と席を立とうとする。呼び止めて、妻の背中にアルツハイマー薬を貼ったら、たまった疲れと眠さに堪えきれず眠りこけてしまった私。191009c.jpg

子どもが一羽足りない

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.8)
(アルツハイマー)

ビッグ親子が待つ水門前に着いたら未だ暗く小雨。お兄さんは既に着いていたが、明るくなるまで車で待って、親子の記録写真を撮ってからお兄さんが餌を与える。子どもが一羽足りない。親が追い出したのか、子どもから出て行ったのか。小雨の中、ラッキー親子、バロン夫婦の無事な姿も撮って早々に帰路へ。191008.jpg

曙調整水門に行ったら、雨の中朽ちた杭に止まっていたゴイサギ三羽。レンズを向けて数枚撮ったら飛び立った。191008a.jpg

ヒメガマの群落から数羽ずつ飛び立つサギ、思い思いの方向に飛び去る。191008b.jpg


『やっぱり水が足りなかったようだ』(2019.10.8)
昨日朝、撮影に出掛ける直前に妻がどれほど水を飲んだかチェック。「水を飲んだ?」と言えば、「飲んだ」と返事、だが前夜の食後に薬を飲むのにコップ一杯飲んでから用意した水は全く減っていなかった。とりあえずコップ一杯水を飲ませてから手賀沼撮影に出発。
帰宅して朝食、ぼんやりとジャムを塗ったパンだけを食べサラダやスープには手を着けようとしない。「他のものも食べて」と言うとサラダに箸を付けた。やっぱり水が足りなかったようだ。「今日は何処かに行くの?」と妻。「どこにも行かないけど、Wへショートステイに行く支度をする」「明日W行くの?」「明日は取手の病院に検査に行く。Wへ行くのはその次の日。でも、明日は忙しいから今日Wへお泊まりに行く支度をしておきたい」「明日はどこに行くの?」「取手の病院」「誰が診て貰うの?」「あんた。お腹が痛くて入院したときの原因を調べて貰うの」「入院した?」「16日間も入院したよ、救急車に乗って行ったでしょ」「知らないけど、まあいい。それで明日はどこに行くの?」「取手の病院」「明後日は?」「Wへ3泊4日のお泊まりに行く」「どうして?」「私が検査入院する間Wに泊まってきてね」「Wはどこにあった?」と。延々と自宅からRセンターまでの道を説明し、「Rから田んぼ道を山の方に行ったところがW」と言ったら、「Wならもう慣れたからいいよ」とやっと納得。自宅からR迄の道を説明し、RからWへの道を説明しないとWの記憶につながらない。
Wへのショートステイの支度を始めたら、申込書を自分で書くと言い出してまた混乱。Wへのショートステイでいつも面倒を見て下さるTさんに電話で相談。薬、薬手帳、保険証などを私が用意しておけば、あとは当日迎えに来たときTさんが手伝ってくださることになり、ほっと一息ついた私。191008c.jpg

水門の暗渠に入っていったラッキー親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.7)
(アルツハイマー)

お兄さんの車が来て土手の向こうに止まり餌の支度をしていたら、お兄さんを見に行こうとして水門の暗渠に入っていったラッキー親子。191007.jpg

上流のヒメガマの群落で夜を過ごしたサギの群が一斉に飛び立って下流へ飛ぶ。191007a.jpg

今朝もバロン夫婦の傍に来て漁をしたカンムリカイツブリ。いつも三匹ほどクチボソを食べれば川の真ん中へ離れて行くのに、今朝は7匹も獲物を捕るところを見せてくれた。191007b.jpg


『夕暮れ時の沼をじっと見ていた妻』(2019.10.7)
夕方妻と近所の桃山公園まで散歩に出かけた。沼を見下ろす高台に立ってじっと沼を眺めていた。東を指さして、「釣堀の先のビオトープの脇を通ってずっと行くと橋があって、みんなで体操をしてから戻って来た。西へ行くときは手賀沼公園まで行ってきたけど、あなたが一緒に行くと夕日を撮ると言って手賀大橋に寄るから日が沈んで戻ってくるから運動にならなかった」と15年から20年も前の思い出をしばらく語っていた。「我孫子は人生の中で一番長く住んだところだよね」「そうだね」「我孫子に来てよかった。手賀沼があるもの。来た頃は手賀沼は臭かった。市に浄化をお願いに行ったら県の管轄だから県に頼みなさいと言われて、何人かで柏まで陳情に行ったこともあった」と、何かをトリガーに眠っていた手賀沼の記憶に辿り着くと次々と思い出していた。帰り道で、「この辺が近隣センターの候補地になったことがあったけど、道路の計画がまだなくてダメだった。沢山の人と出会って活動したのは楽しかったけど、もうその人たちの名前も忘れて出てこない」と言ってから急に無口になった。
夕食を終わって、使い終わった食器を持って運んだ私に「洗わないで、私が洗う」と妻。数日前も食器を洗おうとしたら「私の仕事を取らないで」と言ったことがあった。朝夕の雨戸の開け閉め、洗濯物を干すことも自分の仕事だと思っている。妻の仕事には手を出さず、そっと見ていることにした。191007c.jpg

羽がのびで以前の威厳ある父さんの姿に戻る

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.6)
(アルツハイマー)

お兄さんを待っていたラッキー親子、今朝は父さんも一緒。羽がのびて以前の威厳ある父さんの姿に戻った。191006.jpg

バロン夫婦が餌を貰い、オオバンやカルガモが集まったら、下流から泳いできたカンムリカイツブリ。バロン母さんに近寄り過ぎて、いつもはおとなしい母さんに睨まれ慌てて逃げた。191006a.jpg

バロン夫婦の周りで漁をしていたカンムリカイツブリ、小魚を捕ると直ぐ飲み込んでしまうが、尻尾の方を咥えていたので飲み込むのに時間が掛かりクチボソを咥えた写真が撮れた。三匹捕って食べたら対岸の方へ泳ぎ去った。191006b.jpg


『二日続けて水をよく飲んだ効果かな』(2019.10.6)
昨日の朝、手賀沼撮影から戻ると穏やかな表情で階段を下りてきた妻。「今日は何曜日?」「土曜日、Rへ行く日だよ」「火木土だから今日は行く日か」と言いながら雨戸を開け、テーブルの上に出しておいた食器を並べサラダなどを盛りつけていた。
いつになくのんびりと朝食を食べていた妻、ぼつぼつ出掛ける支度を始める時間。「美味しいかい?」と言えば目を細めて「美味しい」と。「もうそろそろ支度しようよ」「えっ! 今日はどこへ行くの?」「Rだよ」「日曜日じゃないの?」「土曜日だよ」「火木土・・・。急がなくっちゃ」と慌てて食べ終えて支度。Rから迎えの車が来る頃はまた穏やかな表情に戻って、元気よくデイサービスに出掛けた。
4時30分頃、Rから戻って来た妻、「今日はね、頭がすっきりしているの。昔のことを思い出そうとしたらいっぱい出てきた」と子ども時代のことを語り始めた。母の実家に疎開して来ていた母の妹のこと。その子どもたちと遊んで楽しかったこと。母の妹の夫がシベリヤ抑留から帰国し、仕事がなく道路工事をしていたこと。やがて公安庁に復職し東京の引き揚げ者住宅に住んでいたことなどを一気にしゃべって、「あの頃は国中が大変なときだったね」と。
夕方、妻の古くからの友が栗ご飯が出来たと持って来てくれた。しばらく二人で話していた。友が帰ったあと、「何を話していたの?」と訊ねるとしばらく考えて、「忘れた。今度会ったときに、この前何を話したか聞けばいいだけ」と言って笑った。夕食に栗ご飯をいただきながら、「誰が作ったの?」と、友からいただいたことも友が来てくれたことも思い出せなかった。
妻にとって穏やかな日になったのは、二日続けて水をよく飲んだ効果かなと思った。191006c.jpg

地平線から上空に放たれるオレンジの光

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.5)
(アルツハイマー)

雲一つない快晴の朝。オレンジ色に染まった地平線から上空に放たれるオレンジの光。191005.jpg

ラッキー父さんの姿が見えず、待っていたのは母さんと子ども二羽。父さんは進入者を追ってパトロール中なのだろう。191005a.jpg

今朝も来ていたカンムリカイツブリ、片羽が不自由でも潜水して漁をするのは上手。流れ出したコブハクチョウの餌に小魚が集まり、それがお目当てかバロン夫婦の傍で漁をする。目の前でクチボソを三匹も捕ったカンムリカイツブリ。191005b.jpg


『今日は風が強いから家の中に干した方がいい』(2019.10.5)
昨日朝は、前夜に用意した水を全部飲んだからかすっきりした様子で雨戸を開けた妻。「白いヒガンバナは萎んだが赤いのはまだきれい」としばらく眺めていた。妻の実家の裏山に咲くヒガンバナと重なったのだろうか。
朝食中に急に神妙な顔になって、「私はどこから来たの?」「どこからって、住んでいたところ?」「うん」「我孫子に来て37年、その前は横浜、その前が等々力、結婚したときが武蔵小山」「等々力が思い出せない」「A(長女)を産んだのが等々力の病院、近くのなおみ保育園に預けたろう」と言うとやっと手がかりを見付けたようだ。そこからは連鎖的に長女を保育園に預けて職場だった大井町の小学校に通ったことを思い出して語った。「頭の中で、どこが先に住んだところかごちゃごちゃになっていて分からなくなった」と言って話が終わった。
朝食後、私が洗い終わった洗濯物を洗濯機から取り出し運ぶと、「今日は風が強いから家の中に干した方がいい」と妻が室内に干し始める。その間に食器洗いをしようとすると「私の仕事を取らないで、やらないとどんどん出来ないことが増えちゃうから」といつになく活動的。
昼食後に私が散髪して帰宅すると、テレビの前にぼんやりしていた妻。「もうどこにも行きたくない、家のことだけをやっていたい」とぽつりと言った。「明日はRのデイサービスに行くだろう」と言うと「Rでは派遣で介護のお手伝いをしてきたが、もうやめなくっちゃならないから」と。話を聞いていると、もう15年か20年も前のことだったろう介護から漏れる高齢者への支援を行っていたボランティアの会を解散したときの悩みがRへデイサービスに通う現実のこととつながってしまったらしい。Rに出発するときの写真を見せ、仕事ではなく自分のリハビリのためだと説明して、近所の桃山公園へ散歩に連れ出した。高台から沼を眺めていた妻が「これからもRへ行くよ、元気にならなくちゃいけないから」と私に言った。やっと妄想から現実に戻ってくれたようだった。191005c.jpg

朝の光が漏れてくる東の空の雲の裂け目

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.4)
(アルツハイマー)

西の空からすっぽりと覆い被さっていた暗い雲、時々眼鏡に当たる雨粒。朝の光が漏れてくる東の空の雲の裂け目。191004.jpg

水門の前で待っていたビッグ親子、お兄さんが来て記録のビデオを回している前に集まり、お兄さんを迎えに岸へ上がって来た母さんがレンズを覗きに近寄る。191004a.jpg

バロン夫婦の傍に来ていたカンムリカイツブリ。お兄さんが「カン」と呼んだら背伸びするようにジャンプした。片羽を鉄砲で撃たれ、短くなった羽では飛べなくなった。191004b.jpg


『頭の中に記憶はいっぱい残っているけど』(2019.10.4)
少しずつ入院以前にやっていたことが回復し始めて、朝起きたら雨戸を開けるようになった妻。昨日、私が撮影に出発するときはもう目覚めていて玄関まで私を見送りに来た。「今日はRに行く日だから早く起きた」と言っていたが、帰宅すると二度寝して雨戸は閉まったまま。やっと起きてきた妻はまるで別人。「今日は何曜日?」「木曜日、Rに行く日だよ」「Rってどこだった?」「利根川の傍」「そうか、Rにはずっと仕事に行っていたがもう行きたくない。もう仕事はできないもの」「大丈夫だよ。仕事に行くんじゃない、リハビリに行くんだから」と言えば黙りこくった。どうやら以前ボランティアで行っていた近隣センターKとRリハビリセンターを混同していたようだ。
朝食の支度を始めたら、自分のコップに口を開けたばかりのパックから牛乳を注ぎ、もう一本牛乳パックを取り出してまた開けようとした。慌てた私が大声で「開けちゃダメ」と言ったのにびっくりして手を止めた。
食卓の前に座ったら、涙を拭いていた妻。瞬時にその原因は不用意に発した私の大きな声だったと悟った。「一人でやってるの大変だと思ったから手伝おうとしたのに。何かやればわからなくて失敗するのが悲しい。どうしてこんなになったんだろう」と小声でつぶやく。たかが牛乳バック一本、どうして穏やかに言えなかったと後悔するいつものパターン。
朝食後にお化粧をして、Rから迎えに来た車に手を振りながら乗り込んだ笑顔を見てほっとした気分。
夕方妻の茶事の友から電話をいただいた。たぶん体調の具合を聞かれたのだろう、「あまりよくないの。頭の中に記憶はいっぱい残っているけど、記憶を探すのが難しくなったの。声を憶えている人のことは声を聞いたら思い出すけど、最近会った人とのことは思い出せない。会った人の顔を覚えるのが難しくなったから」と言っていた。191004c.jpg

お兄さんの前に集まってきたビッグ親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.3)
(アルツハイマー)

お兄さんの前に集まってきたビッグ親子。ちょうどその頃東の地平線が赤く染まり、上空の薄雲も色づき始めた。191003.jpg

ラッキー親子が待つ下流へ向かう途中、大きな朝焼けになった。ラッキー親子の待つ場所まで行けば朝焼けは終わってしまいそう、途中の土手に登って朝焼けを撮る。191003a.jpg

ラッキー親子が待つ水門に辿り着けば、雲から出て浅間橋の上に登る太陽。今朝も来ていなかった子ども一羽。何事もなかったようにお兄さんに餌を貰った父さん母さんと子ども二羽。191003b.jpg


『男がやるといい加減で見ていられない』(2019.10.3)
朝から頭がすっきりしていると言っていた昨日朝、夜に飲むように用意した水はほとんど全部飲んであり、起きると早速雨戸を開けた妻。「きれいに咲いたね」と庭のヒガンバナを眺めていた。「昔、岩滑の裏山でお父さんが掘ってくれた球根が増えたんだよ」「東のお観音様の脇で? 私のお父さんが掘ってくれたの?」と言って、妻の実家の近辺の風景や、父母のこと、姉妹のことを思い出して語り始めた。語り始めるといつも同じストーリーになってしまう。
気分がいいから洗濯をすると言い出して、集めてきた洗濯物を洗濯機に入れて手が止まった。電源ボタンを指さすと「これだ」と言って押した。洗剤と柔軟剤を入れスタートボタンを押そうか押すまいか躊躇していたので、「それ」と言うと押して「動いた」と笑う。洗い上がった洗濯物をベランダまで運ぶと、「男がやるといい加減で見ていられない」と言って慣れた手つきで竿を吹いてから干し始めた。
予想外に時間が掛かり、遅い昼食を食べに近所のガストに行った。注文したのは前回と同じ野菜がたくさん入った湯麺とデザートに濃茶のゼリー。食後は毎度お馴染みの我孫子に来た頃の思い出を聞かされる。夜に飲むように用意した水を沢山飲んでくれたからだろう、一日穏やかで何かをやろうという意欲が見られた一日だった。191003c.jpg

子どもの鳴き声が聞こえたから下流から来る

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.2)
(アルツハイマー)
五本松公園を過ぎると急に濃くなった霧。暗いからまだ来ていなかったビッグ親子、「子どもの鳴き声が聞こえたから下流から来る」とお兄さん。私の耳には聞こえなかったが、やがて下流から現れたビッグ親子。191002.jpg

濃霧の中で待っていたラッキー親子、今朝も子どもが一羽足りない。「チビはどこ?」とお兄さんが訊ねても、餌を早く欲しい父さんは首を伸ばして朝の挨拶を二度三度。「自分から出て行ったのか、親に追われたのか。事故や捕らえられたのなら親たちが訴えるからわかる」とお兄さん。191002a.jpg

濃い霧の中から飛来し上流の岸に降りたアオサギ。カワウが来て漁を始め、オオバンやカルガモが残った餌に集まってきたら、小魚も集まっていると知っているようだ。191002b.jpg


『靴を履いたからもう何処かに置き忘れない』(2019.10.2)
朝起きて雨戸を開けたときはRセンターへデイサービスに行く積もりになっていたのに、朝食を食べ始めたら忘れてのんびりしている妻。支度開始のタイムリミットになって、「Rに行く日だよ」と言えば、「どうして事前に説明してくれなかったの」と不満げな表情。Rセンターから10分後に迎えに来るとの電話があって、ふと気がつけばつい先ほど昼の薬や連絡ノートを入れた通い袋がない。慌てて探し始めればベッドの上にある。つい声を荒げ「どうして持って来たの」と言えば「私だって私のことを書いてあるのを見たい」と。持ち物の手提げバッグと一緒に玄関に置き、玄関の鍵を置く場所を見たら鍵とココセコムの端末を入れた袋がない。バッグの中のものを全部出して調べたらバッグのポケットの一番下にあった。しばらくRセンターに行かなかったからか、今迄できていた出掛ける準備の手順を忘れてしまったらしい。
「靴を履いたからもう何処かに置き忘れない」と言って早めに靴を履いて玄関に腰を下ろした妻、手にはしっかりと通い袋と鍵の入った袋を握りしめていた。つい声を荒げて探し回った私に腹が立ったのか、私を見上げ「そんなに大事なものならあんたがずっと持っていればいい」と。
チャイムが鳴ってドアを開けたら迎えの人の姿、途端ににこやかな顔になってご挨拶。ドアの外に出ると通い袋と鍵を迎えの人に預けて車に向かった妻。いつも自分で鍵を掛けさせていたのは、間違いなく鍵を持って出たことの確認になるからだが、私が見ていたから鍵を掛けずにそのまま車に乗り込んだ。191002c.jpg

子どもが一羽足りないラッキー親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.30)
(アルツハイマー)

子どもが一羽足りないラッキー親子。いなくなったのは先日釣り糸が喉に絡んだ子。親に追い出されたのか、それともなにか事故でもあったのか、気になるラッキーの子。191001.jpg

トビが飛来し、架線に止まっていたコサギの直ぐ傍に止まれば、びっくりして間を開けて止まり直したコサギ。この騒動にパンを咥え一本手前の電柱近くに止まっていたハシブトカラスが飛び立ち、後を追っていったトビ。トビが来たのはハシブトガラスからパンを奪おうとしてか。191001a.jpg

浅間橋脇まで来ると対岸川下に日の出。薄雲を真っ赤に染め鉄塔に重なって登る。191001b.jpg


『新しいものはダメだね、みんな若い人向き』(2019.10.1)
入院中に居間の蛍光灯の組み込み基板が壊れ新しいLEDライトに取り換えた。退院して自宅に戻った妻は壁面のスイッチでオンオフしようとするが、一緒に並んでいる外壁の灯りやダウンライトのスイッチとの区別が付かなくなっていて、手当たり次第に押すから訳がわからなくなった。リモートスイッチを使わせようとしたが、日中教えても夜になるとリモートスイッチのあることを忘れてしまう。「壁のスイッチに触られるから迷う、リモートだけを使えるようにすれば迷わない」と妻が言うので、壁のスイッチにテープを貼って動かなくした。
昨日午後、何度かリモートスイッチの試し運転をしこれで大丈夫と得意顔だった妻。夕方になったら、「どうやって電気を付けるの?」と言って来た。私が指で細長い四角形を示したら、「あっ!」と言って居間に戻りリモートスイッチを手に持って眺めていた。日中には丸く大きなボタンを押して難なくON/OFFしていたのに、「眼鏡がないと使えないよ、字が書いてあるけど見えない」と眼鏡を取りに行った。「字を読まなくたって大丈夫、一番大きな丸の中のボタンを押すだけだ」と言ったら「ボタンがいっぱいあるのは紛らわしいよ」と一番大きなボタンを押して点灯しする。「新しいものはダメだね、みんな若い人向きにできてる」とひとくさり文句を聞かされる。以前から使っていた壁面に三つ並んでいるスイッチのどれを使うのかを忘れて混乱したことなどは棚に上げ、新しいものは若い人向きでダメだと力説する妻。
4ヶ月ほど前からテレビのリモートもうまく使えなくなった。今は電源のON/OFFだけ、チャンネルはどこが出ているのかあまり気にしないようだ。一番やさしいのは、以前と同じ見慣れた部屋、使い慣れた備品。できるだけ修理して同じものを使い、買い換えないことだと思った。191001c1.jpg

「父さんは?」と子どもたちに訊ねても知らん顔

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.30)
(アルツハイマー)

いつも家族揃って待っているラッキー家族だが、今朝は母さんだけ。しばらくすると水門の外側の暗渠から出てきた子ども三羽。お兄さんが「父さんは?」と子どもたちに訊ねても知らん顔。お兄さんが餌を与えたら暗渠から泳ぎ出てきた父さん。暗渠の向こう側の水路にジャックの子が潜んでいるからかも。190930.jpg

今朝もバロン夫婦の側にいたカンムリカイツブリ。昨日は頭を水に潜らせただけで漁をしていたが、今朝は潜水して漁をしていた。何度か空振りしたあと、クチボソらしき小魚を咥えて浮上した。190930a.jpg


『あそこにいる、飛んだ飛んだ、こっちに来た』(2019.9.30)
昨日昼食のあと妻を散歩に連れ出した。近所の桃山公園への道路脇、花から花へ飛ぶヒメアカタテハを見付けてはしゃぎ、「あそこにいる、飛んだ飛んだ、こっちに来た」と指さす。公園内への小径に差し掛かると、止まろうともせず飛び回るウラナミシジミを追ってどんどん先へと急いだ妻。
手賀沼を見下ろす高台に立ってじっと沼を眺め、「穏やかだね」「遊歩道をどんどん歩くとビオトープに入の口で通せんぼされて田んぼの方を回って、遊歩道をもっと歩くと橋があって、そこへラジオ体操をしに行ったことがあった」と15年も前に近所の仲よしグループで歩いたことを思い出し一人で呟いていた。広場に出て木陰のベンチを見付けて腰掛け、「あんたも休んだら」と私の座るスペースを空けてくれる。沼を見たら、断片的に過去のことを思い出していたようだ。
忙しくて夕方まで居間で一人にしておいたら、何かを空想していたのか沈み込んだ顔で座っていた。「どうしたの?」と声を掛けると、「Rセンターに行くの、引退届を出すわ」と。ここ数日W園へショートステイに出掛けデイサービスを休んだから言うのかと思ったら、2年9ヶ月前まで長らく係わっていたK近隣センターと混同し、Rセンターにボランティアで通っているつもりになっていた。ぽつりと「このごろ頭が馬鹿になって、責任ある仕事はいやなの」と言った。190930b.jpg190930c.jpg

バン、オオバンと一緒にカンムリカイツブリ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.29)
(アルツハイマー)

お兄さんに餌を貰ってくつろぐバロン夫婦の側にバン、オオバンと一緒にカンムリカイツブリ。190929.jpg

餌をもらったコブハクチョウのそばには魚が集まるからか、何度も頭を水に潜らせ漁をするカンムリカイツブリ。見ている前で捕らえたのはクチボソのようだ。190929a.jpg

我が家の庭にも遅いヒガンバナの開花。赤い花は40年ほど前に妻の実家の裏山にある観音堂脇で妻の父が10球ほど掘ってくれたものが増え、今は庭のあちこちに咲く。白い花は20年ほど前に写真友だちに貰った一球が増えたもの。190929b.jpg

『あら、今日食堂でお会いしましたね』(2019.9.29)
昨日午後、ケアマネージャのMさんが来月の居宅サービス計画書を持って来宅し、家族から見た妻の一ヶ月間の変化を話しているとき玄関のチャイム。すっかり打ち解けた様子で、ショートステイでお世話になったTさんと話しながら戻って来た妻。Mさんが居間から玄関を覗き「お帰り」と言ってくれても気付かない。居間に入りMさんに気付いて、「あら、今日食堂でお会いしましたね」と嬉しそうに妻。今迄はケアマネージャとして来宅したときのMさんと、施設でお目に掛かったときのMさんとを別の人と思っていたようだし、お名前と顔とが一致していなかった。二ヶ月前の訪問時、妻とのツーショットを撮らせて貰い、居間の飾り棚の中とベッドの横に張って置いた効果が出たのだろうか。
妻は、施設の中を歩いて足が衰えないようにしたこと、食堂で一緒になった人が戸惑っていたら手伝ってあげたことなどを楽しそうにMさんに話しながら、ショートステイから持ち帰った荷物を開け、中のものを出したり入れたり落ち着きがない。何泊したか全く記憶になく、泊まったことすら話している内にわからなくなってきた。それでも楽しかったという気分だけは夕食後まで残っていたようだ。
夕食後、アルツハイマーの薬・リバッスタッチパッチを背中に貼ってやったら、目の前にあった班の回覧が目に止まり中の文書を一枚ずつ読み始めた。「もうやめて早く寝ようね」と声を掛けたら、「私だって近隣のことを知っておきたいのになぜ止めるの」と言ってまた読み出した。「何が書いてあったの」と問えば、「もう忘れた」と言いながらも何処かの会報の文字を追い続けた妻。190929c.jpg

瞬時にしてグレーの大きな雲を染めた朝焼けに

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.28)
(アルツハイマー)

地平線近くの朝焼けが、瞬時にしてグレーの大きな雲を染めた朝焼けに。土手に登って撮り始めたら間もなく色褪せ、やがて雲の向こうに日の出。190928.jpg

バロン夫婦の周りに集まるオオバンの数が増えた。少し離れてカルガモが集まり、暫くぶりにカンムリカイツブリも現れた。190928a.jpg

キイロガガンボのつもりで撮ってきて、モニターで拡大してみたらキイロガガンボとはちょっと違う。キリウジガガンボだろうか長い足を広げて。190928b.jpg


『支度の途中らしいバッグを二ヵ所で発見』(2019.9.28)
一昨日、昨日は自分のことでY先生の紹介状を持ってT消化器病院受診するやら一泊検査入院の予約などで精一杯。それに加え妻の処方薬が28日午前中でなくなるので、入院していた病院が処方した薬も加えY先生に処方箋をお願いしてあった。昨日午後Y内科病院でY先生から妻の胃カメラと腹部エコー検査の結果の説明を受け、胃カメラを担当された先生常勤の病院でのCTまたはMRI検査の予約もしていただいた。そのあと薬を処方していただくに当たって薬手帳をショートステイに出掛けた妻に持たせてあったことに気付く。私のミスに気付いて慌てた。ショートステイ先まで取りに行くことを考えたが時間が足りない。Y病院の方々、薬局の方々、ショートステイ先の方々がいろいろ知恵を出してくださり、診療明細書をパソコンに保存したことを思い出した。帰宅して診療明細書と薬の説明書をコピー、何とか時間内に処方箋を書いていただき薬局に滑り込んだ。皆さんから、「慌てないで」「気をつけて」と心配していただいいて無事帰宅。
一段落して帰宅したら、あたふたしていて見えなかったものが見えてきた。そして、ショートステイに出掛ける前の妻の気持ちの痕跡を見た気がした。急なショートステイ、私の体調不良を気にして泣いていた妻だったが、混乱した頭でショートステイに出掛ける準備を何とか自分でしようとしていて、途中で何かを探しに立って忘れてしまったのだろう手提げ袋が二ヵ所にあった。忙しさに紛れ、妻の気持ちを見落としていたようだ。190928c.jpg

お兄さんの前に勢揃いしたラッキー親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.27)
(アルツハイマー)

お兄さんの前に勢揃いしたラッキー親子。一昨日は嘴にぶら下がった釣り糸を気にしていたが、今朝は釣り糸はなくお兄さんに何度も首を伸ばしておはようの挨拶。お兄さんに「チビ、もう大丈夫?」と声を掛けられると尻尾を振ってまた首を伸ばす。190927.jpg

昨日苦しそうにしていたチビを呼ぶと、父さん母さんといっしょに岸に上がってきて、お兄さんが「お医者さんに行って取って貰おうか」と言ってチビを抱きかかえたら、父さんか母さんは覗き込んだだけでお兄さんを攻撃しようとはしなかったそうだ。お兄さんが動物病院に連れて行くと、喉の奥まで入っていてそのままでは取り出せる状態ではなかった。切開も覚悟して麻酔したら喉が開き、先生がクビを押し上げたら釣り糸や鉛の錘と食べたものが塊になって出てきたと、今朝出てきた塊を見せてくれたお兄さん。190927a.jpg

私が来られなかった昨日はホウジャクが乱れ飛んだとお兄さんや友。今朝はダメかと思ったら、ホバリングして長いストローをアレチウリの花に差し込んで蜜を吸っていた一匹を友が見付けてくれた。190927b.jpg

『使い方を忘れたはずの携帯電話から娘に電話』(2019.9.27)
昨夕次女との電話連絡の際に、ショートステイ中の妻が次女に電話してきたことを知った。仕事中「もしもしお母さんよ、あなた私に電話した?」と。「電話してない、今仕事中だからあとで電話するね」と言うと、「老人ホームに一人でいて淋しい」と泣いたらしい。携帯電話の操作はできなくなって、誰かに発信することも着信に応答することもままならない妻、携帯電話は時計代わりに持っているだけだった。どうやって掛けたかは謎だが、古い着歴を見ていじっている内に発信してしまったのかも。前回次女に会ったときは自分の娘だとは認識せず親戚の人と思ったようだが、電話で次女の声を聞いて次女の名を呼び、自分のことを「お母さんよ」と言っていたそうだ。妻にとって姿を見るのと電話の声を聞くのとでは認識の仕方が違うようだ。突然ショートステイに送り込まれ、淋しくなったのだろう妻。
一昨日夕方のメールを開くのが遅れたが、ケアマネージャのMさんから妻のショートステイ先での様子をメールでお知らせいただいていた。『先程、奥様にお会いしてきました。突然、W園に来られてかなりお話は混乱して、ご主人とご自分のお父様とがごっちゃになっておられ、こんな時は実家に帰ることも考えたけれど、実家は甥の代になっていて、関係も薄いし、なかなか頼れない。でも、ここなら何度か来たことがあるし、食堂に行けば懐かしいので、縁があってここに来られてよかったと。お気持ちは落ち着いておられますし、笑顔で話されていました。とにかく、ご主人様はご自分のお体に専念されてください。』と。Mさんには大変お世話になって、事前にW園でのショートステイを何度か妻に経験させておくことができてよかったと思う。190927c.jpg

アルツハイマーの妻、急きょショートステイへ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.26)

『アルツハイマーの妻、急きょショートステイへ』(2019.9.26)
手賀川での撮影は中止し、桃山公園から眺めた早朝の手賀沼。高台に立って昨日一日のことを思い返していた。190926.jpg

手賀川撮影から戻って朝食後、テレビの前で仮眠。10時頃トイレに行って排便。便器を覗くと赤紫がかった水、便が落ちた跡にも微かな血痕。20日に追加になったアレルギーの薬服用から頻尿と尿の出でにくさ、そして頑固な便秘が始まった。4回服用し咳も止まって服用は中止したが、そのことと関係があるか気になった。Y内科に電話し、Y先生の診察を受けて、T消化器病院への紹介状をいただいた。明日朝7時から番号札取りに列に並ばなくてはならないし、妻をデイサービスに送り出さなくてはならない。ケアマネージャのMさんに相談し、妻をW園のショートステイで預かって貰うことにした。
昼食にサンドイッチを買ってきて、妻に数日間ショートステイに行くように頼むと泣き出した。「ごめんね」というと、「謝るのは私の方だよ、こんな時に何も面倒を見てやれないんだから」と言ってまた泣いた。いつまでもサンドイッチの袋をひねり回していたので、「どうした」と言ったら、「開け方がわからないの」と。背面の切り込みを引っ張って開くのをやってみせると、自分でもやってみて、やっと笑顔になった。
午後、W園のTさんが迎えに来てくれ、持ち物を選んでバッグに詰めてくれた。いよいよ出掛けるときにまた泣き出した。玄関の鍵を掛けるとき言った。「50年以上いっしょに暮らした夫と離れるから泣いたんじゃない。長い間住んだ家、長い間使った台所、長い間使ったものから離れるのが悲しかったの」と。Tさんが、「これが最後というわけじゃないでしょ。直ぐ帰れるじゃないの」と妻を慰めた。ドアを閉め、鍵を掛ける直前、半ドアの間から見せた顔はちょっとだけ笑顔になった。190926a.jpg190926b.jpg

コイ釣りのお兄さんの前に直行

撮影ノート『手賀5有情』 (2019.9.25)
(アルツハイマー)

お兄さんとコイ釣りのお兄さんが同時に着いて水門前に降りてきた。いつも遊んでくれたりパンを呉れるコイ釣りのお兄さんを大好きなバロン夫婦。毎朝待っている大好きなお兄さんの前を通り過ぎてコイ釣りのお兄さんの前に直行。190925.jpg

今年はまだウラナミシジミが出てこないねと話をしていたら、目の前のアレチウリの葉に止まっていたウラナミシジミ。190925a.jpg

家路へ急いだ曙橋周辺、手賀川下流に雲間から落ちる光芒。190925b.jpg


『鍵がない! 薬もない!』(2019.9.25)
昨日朝、Rセンターから10分後に迎えに来ると電話があって、待ちきれず外に出ようとした妻。通い袋に昼の薬を入れ、通い袋の上に鍵とココセコムの端末が入った袋を置いたのに、ちょっと目を離した隙に消えていた。「鍵を持ってる? 鍵を掛けて行かなきゃだめよ」と言ったら「鍵がない」と言って戻って来た妻。玄関に腰掛け手提げバッグの中をかき回して通い袋を取り出したが鍵はない。手提げバッグ中のものを全部取りだし、最後にポケットをチェックしたら鍵が出て来た。念のため通い袋を見たら入れておいた昼の薬がない。チャイムが鳴って、迎えのスタッフの方が来たのに見つからない。私もパニックになって、「どこに入れたのよ」と言えば「知らない、私がやったのなら憶えていないよ」と。ふと料金改定の同意書を入れておいた封筒を通い袋から取り出すと、中に薬らしき手触り。封筒を開いたら中から同意書といっしょに昼の薬。場を取り持つようにスタッフの方、「袋の中のものを勝手に触らないでね」と言えば、妻は「ハイ」と優等生の返事。
無事送りだし、玄関の外から鍵を掛ける影が磨りガラスの向こう。出掛ける直前に目を離した私に隙があったし、直ぐ忘れる妻に「どこに入れたのよ」と問い詰めるのも愚かなこと。慌てるとついやってしまう同じような反省。190925c.jpg

水門前に来てお兄さんを待っていたビッグ親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.24)
(アルツハイマー)

地平線がほんのりオレンジ色に染まりはじめた頃から、いつもの水門前に来てお兄さんを待っていたビッグ親子。190924.jpg

お兄さんが来てビッグ親子に餌を与え終わった頃、地平線から青空へ放たれて伸びるオレンジ色の光。190924a.jpg

北千葉導水路沿いに虫を探して歩いたが、蝶はほとんど見付けられずツバメシジミが一匹。目に付くのはコガタスズメバチとカメムシ類ばかり。190924b.jpg


『今日は何月何日?』(2019.9.24)
昨日の昼食後、テレビを見ているときのことだった。「今日は何月何日?」「9月23日だよ」「明日は月曜日だよね。どこへも行かなくていいから嬉しい」と妻。「明日は火曜日、デイサービスでRへ行く日だよ」と言えば、「そうか」と一旦は納得したふり。しばらくすると「今日は日曜日?」と同じ質問、同じことを4回も繰り返していた。デイサービスに行きたくないからかと思って「Rに行きたくないの?」と問えば、「Rは好きだよ、行けば元気になるもの。Rに行くのは火木土だけでしょ」と言いながら新聞の日付を見てからカレンダーを覗く。「23日は赤だから日曜日でしょ」「22日も赤でしょ、22日が日曜日、23日は休日だから月曜にでも赤なの」と言って曜日の列を指さしたらやっと納得。そんなに大きくもないカレンダーなのに、見ていたのは23日の日付のあたりだけ、曜日の列は視野に入っていなかったようだし、22日の赤色さえも気になっていなかったようだ。
妻が冷蔵庫のドアを開け、じっと中を眺めていた時に気がついた。冷蔵庫に入れた大きな器の前に小さなビンを置くと大きな器を見付けられなくなることが時々ある。見えてはいるだろうが、同時に認識できるのは前にあるもの一つだけかもしれないと感じた。ものが見えていることと認識できることの差が大きくなってきたようだ。190924c.jpg

一つ上流の水門にいたラッキー父さん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.23)
(アルツハイマー)

昨日いた水門より一つ上流の水門にいたラッキー父さん。母さんと子ども三羽の姿が見えないので、一つ下流の水門、もう一つ下流の水門を見に行ったが母さんと子どもたちはいない。190923.jpg

父さんのいた水門に戻れば、いつの間にか来ていた母さんと三羽の子ども。お兄さんを見て近寄った来た親子。190923a.jpg

ポツリポツリと降り始めた雨。手賀川から曙調整水門を潜って手賀沼に出て行くビッグ親子。手賀川では水道橋下流のラッキー親子にプレッシャーを掛け、手賀沼では他のコブハクチョウたちを駆逐して縄張りを広げるビッグ父さん。190923b.jpg


『洗濯は私がやる』(2019.9.23)
昨日朝、「洗濯は私がやる」と言い出した妻。洗濯機の前まで行って洗濯物と洗濯機を眺め、暫く経ったら居間に戻って来て「あとでやる」と。どうやら洗濯機の操作を忘れてしまったらしい。「いっしょにやろうか」と言ったらふて腐ったようにソファーに座って動かない。
妻入院以来マニュアルを見て一通りの機能を習得して洗濯していた私、午後からは雨の予報だったから洗濯機を始動。朝食後一休みしていたら、洗い上がった洗濯物を籠に取りだし干そうとしていた妻。「ピンチハンガーどこ?」「竿の掛け位置が違う」と次々リクエスト。「自分でやった方が早い」と言いたい気はしたが、洗濯をしようという気になってくれたのは嬉しい。干し終わると、「今日は洗濯をした」と達成感を味わっている様子。次の時はいっしょに洗濯機の始動からやろうと思う。洗濯機を買い換えたとき、長女が操作方法のサマリーを大きな字で書いて壁に貼ってくれたがもう慣れたから要らないと外してしまった妻だったが、もう一度その張り紙を復活しようと思う。
入院前までは洗濯と夕食後の食器洗い、雨戸の開閉は妻がやっていたが、退院直後「ここは自分の家だと思うがまだしっくりしない」と言って何もしようとしなかった。ショートステイ一泊、デイサービス二日通ったあたりから「ここが自分の家だと思うようになった」と言い始めた。
一昨日は雨戸の開閉、昨日は洗濯と食器洗いを始めた。「体が覚えていることは考えなくたってできるのよ」と言いながら食器洗いをしていた。だが、食器収納は脈絡なく空きスペースに入れ、ゴミの分別にまごつくことが多い。黙って見ていて、あとでやり直せば妻を不愉快にさせることも避けられる。190923c.jpg

いつもより早く出発したら見事な朝焼け

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.22)
(アルツハイマー)

いつもより早く出発したら見事な朝焼け。ほんのり赤く染まった雲が見る見る色濃くなり、間もなくスーッと色褪せた。190922.jpg

お兄さんが土手の上に現れて、一斉にお兄さんの方を見るビッグ親子。母さんは階段の下までお兄さんを迎えに行こうと岸に登る。190922a.jpg

アレチウリの花の周りを飛び交うコガタスズメバチに混じってホウジャクが一匹、花の側でホバリングし長いストローを花に差し込み蜜を吸う。190922b.jpg


『玄関の鍵紛失対策』(2019.9.22)
昨日朝のデイサービス出発時、妻の左手に待っているのは玄関の鍵とココセコムの端末が入った袋。別の施設に通っていた頃、手に持った鍵を何処かに置き忘れて紛失したことが立て続けに数回あった。Rセンターに通い始めたとき鍵紛失対策の提案をいただいた。玄関の鍵を掛けたとき迎えに来たスタッフが鍵を預かり通い袋に入れ、帰ってくるまでRセンター側で保管してくれるという方法。以来、一年以上鍵の紛失はなくなった。外に出るとき鍵を掛けるという習慣を失わない効果もあるようだ。
出発前にハイになっていた妻 、10分後に迎えの車が来るとの電話連絡があると早々に外に出て、右を見たり左を見て迎車を待つていた。ドアが開くとそのまま車に乗り込もうとするので「玄関の鍵を掛けて」と声を掛けたら、ちょっとふざけた仕草で「鍵は閉めといて」と言って車に乗り込んだ。スタッフの方がすぐ鍵を預かってくれたのだろう、夕方には鍵を紛失せずに帰宅した。
16日間の入院のあと、持っていたものを無意識に何処かに置き忘れ、いっしょに探す回数が急増した。190922c.jpg

首を伸ばしひと声「グー」と唸って朝の挨拶

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.21)
(アルツハイマー)

お兄さんが「バロン、おはよう」と声を掛ければ、首を伸ばしひと声「グー」と唸って朝の挨拶。バロン夫婦が餌を貰う頃だと、オオバンが泳ぎ寄り、下流からハトの群が飛んでくる。190921.jpg

トビやノスリが好きな水路脇の電柱、「あれはなに?」とお兄さんに問えば「ハトくらいの大きさだなぁ」と言った瞬間、黒っぽいシルエットが飛び立った。190921a.jpg

期せずして二人が「ハヤブサだ」と言った瞬間、ハトが一斉に飛び立って逃げた。ハトの群れを追うハヤブサ、一羽にターゲットを絞って上流へと追った。190921b.jpg


『腹部エコーと胃カメラの検査の日』(2019.9.21)
腹部エコーと胃カメラの検査のためY内科を受診。腹部エコーの検査を終わって、次は胃カメラ。前にもやっているから大丈夫と自信ありげな妻。シロップを飲み、「麻酔のゼリーを喉に入れるから5分間飲み込まないで」と言われて大きな口を開ける。針の着かない注射器で喉にゼリーを投入され、口を空いたまま片手で拍子を取り、もう一方の手で指を折り曲げ経過時間を数えようとしたらしいが、直にわからなくなってやめる。
特に苦労もせず胃カメラの健診を終わり、K先生からの説明。「胃には問題はない。腹部エコーで膵臓に嚢胞が見えるが、腫瘍なのか先日の膵炎でのやけどの跡か判別できない。自分の常勤の病院でMRIかCTの予約をしますか」と言われ、「27日にY先生の診察と今回の検査結果の説明の予約があるので、Y先生の説明を伺い、今後のことも考えてY先生経由で予約をお願いしたい」と答えた。長年私達夫婦が頼っていたY先生にアドバイスを受け、今後のことを決めたいと思った。
昼食に温かいうどんを食べたいという妻と自宅近くのコンビニに寄り、電子レンジで暖めるだけのうどんを買って帰宅。しばらく休んで居眠りしたら、腹部エコーのことも胃カメラのことも思い出せなくなっていた妻。190921c.jpg