日の出は望めそうにない曇天、いつまでも暗い沼

撮影ノート『手賀沼有情』 (2021.2.26)
(アルツハイマーになった妻)

日の出は望めそうにない曇天、いつまでも暗い沼。210226.jpg

早々と桃山公園を後にして遠回りした帰路。周りの木が入れ替わった植木屋の畑に一本残って咲いていた紅梅。210226a.jpg

野菜畑で葉を器用に千切って食べていたヨドリ。210226b.jpg


『私の好きな手賀沼の道』 (2021.2.26)
昨日午後の妻との電話、「もしもし」「は~い」「あなただね。どこにいるの?」「家にいる」「お父さんの声を聞いて嬉しい」「ここの所は地図上では高いところ。下へ降りてもう一つの高台に学校だか、広い土地のある方がお父さんのいるところだと思って眺めている。利根川を渡って左へ曲がると病院がある」「利根川を渡ったら取手。取手の病院ならJAとりで総合医療センター。そこなら橋を渡ってしばらく真っ直ぐ走って左側。橋を渡って直ぐ左に曲がったならジョイフル本田、あんたが運転してよく買い物に行った」「分からない。お医者さんがやさしくて、治るまでここにいましょうと言った」「じゃあ取手で入院したときかな」「分からない。手前にNECがある。帰りは川を渡らずに我孫子の駅に来た」「川を渡らないで取手からは戻れない」「手賀沼を渡って行って、帰りは西から橋を渡らずに戻った。手前にNECがあり、そこからの道は左には降りられなくて右に行って駐車場に降りた」「取手に行ったり柏に行ったり、我孫子に戻ったり、利根川の土手らしいところになったり、次々と場所が変わるから話が分からなくなった」「私は一人で歩くのをやめている。一人だと家に帰れなくなるから。これからはここに住むんだと言ってお父さんが私を置いて帰ったから、私は泣いた。お父さんの所へ送ってやるという人がいた。高いところから降りて次の高台に登ったら私たちの家があって安心した。買い物はついて行ってくれる人がいて、川を渡って行ったがどこだか分からない。私はどこで曲がって、どこで坂を登って、どのくらい離れているかを分からない。行った場所の景色は出て来る」「宅配弁当の配達が来たから待っていて」「玄関が見えた。玄関を出て坂を下ると私の好きな手賀沼の道。その辺を歩くのは好きだった」「今日は大急ぎで色んな所を歩いたね」「一所懸命お父さんを引っ張っていったよ」「時間になった。CD鳴らして」「・・・鳴った」「電話機返してきて」「返しに行ってくるね」と電話は終わったが、次々妻の頭に浮かぶ景色の変化に戸惑った。210226c.jpg
(背後から急に射し込み始めた淡い日差し、振り返れば桃山公園の上にうっすらと太陽。)