来ているはずがないのに来ていそうな気がして

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.7)
(アルツハイマー)

10月30日から姿を見せなかったMさんが、来ているはずがないのに来ていそうな気がして、いつもより早く出掛けた桃山公園のゼロポイント。191107.jpg

いつもと変わらない日の出なのに淋しくてたまらない手賀沼風景。見る方向、見る場所にMさんと撮り歩いた日々の思い出が蘇る。191107a.jpg

昨夜Mさんの友だちからMさんが亡くなったと電話があった。手賀沼を撮り始めて1000日以上、毎朝一緒に撮って、手賀沼のことを教えてもらった。ここ十数年一緒に撮ったことはなかったが、10月13日から手賀川撮影を休んで近所の桃山公園へ撮りに行ったらMさんが来ていた。10月29日まで一緒に撮ったが、それ以降姿を見せなかった。自宅に電話もなく、携帯も持っていなかったMさん、手紙以外に連絡の方法もなく気になっていたところ昨夜の訃報。再会から別れまで、撮っていたMさんは全て背中側、ファインダーの中には笑顔を見せてくれていたのに。ただただ涙、ご冥福を祈ります。191107b.jpg191107c.jpg


『昔の景色の記憶がどんどん出て来る』 (2019.11.7)
昨日朝、妻の様子を見に行くと「あなたと結婚することになったときのことを思い出していた。斉藤先生が来いと言うから先生の家に行ったらあなたが来た。先生が私を呼ばなきゃこんなボケた奥さんで苦労しなかったろうに、ごめんね」と言う。突然なんだ。ふと水差しを見れば、夜飲む水は夕食後に薬を飲んでから減っていなかった。コップ一杯の水を差し出すと「喉が渇かなかったんだもの」といいながら水を飲んだ。水を飲み忘れたときはいつも飲みたいと思わなかった、喉は渇かなかったと言う妻。
雨戸を開けながら、「さっきから小学校に通った頃の道を思い出していた。家を出て橋を渡ってまっすぐ行けば小学校、左に曲がったら中学校。誰もいないときに橋に腰掛けて流れを眺めたことがあった。田んぼ中の道や周りの景色、そんなことの記憶が頭の中に残っているのに、今は何も出来なくなったし、忘れてばかりいる。今行ったら小学校はなくなっているけど、昔の景色の記憶がどんどん出て来る。懐かしくなって涙が出た来る」と呟いた。居間に戻ってきても泣きそうな顔、テレビで動物のおもしろい姿を見たら笑いだし、泣き顔が消えた。
水を飲み足りないとぼんやりして、妄想の世界に入り込みやすいように感じた朝食前。時間とともに活発になり、食器を洗い、洗濯を始めた。洗濯機の始動の時に押すボタンを私が指さすだけで洗濯が出来た。夕方洗濯物を取り込んでたたみ終わったら、「もう大丈夫、頭がすっきりしてきたから今日は全部自分一人で洗濯も出来た」と言って私のものを持って来てくれた。191107d.jpg