風の通り道は波立ってブルー

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.30)
(アルツハイマー)

地平線の空のオレンジ色を映した沼を風が吹き抜けたら、風の通り道は波立ってブルーに。191130.jpg

沼を渡って飛ぶカワウの群。やがて遠ざかり黒い雲に溶け込んで見えなくなる。191130a.jpg

地平線の雲から出はじめたた太陽。雲の上まで登れば眩しすぎてもう撮れない。191130b.jpg



『空想の世界から現実の我孫子での食卓に戻った』 (2019.11.30
昨日早朝、妻の様子を見に行くと頭を抱えてベッドにうずくまり、「頭が狂っちゃった。何をしようとしていたか分からなくなっちゃった」と言う。「大丈夫、目が覚めたら直ぐ治るよ」と声を掛けたら頭を上げ、「私はいつここに来たの?」「いつって、どこから?」「横浜からちょっと前に来たような気がする」「横浜から来たのは40年近く前」「ここは我孫子なの? 団地なの?」「我孫子の自宅だよ」「一戸建て?」「我孫子に来てこの家を立てずっと住んでいるよ」「私の頭は横浜から来たばかり、ずっとここに住んでたなら矛盾してる。私は私の人生を変えちゃってる」と言って着替えを始めた。ブラジャーのつけ方が分からなくなったと言うので、見ると先日通販で買ったもの。止める場所が僅かに違うだけ。今まで使っていたものを手に取ると難なく着用できた。
朝食後のひととき、頭に浮かぶことを実況中継するような妻の独り言。「直ぐ思い出せるのは岩滑(妻の実家付近)の景色、初めて勤めた佐倉小学校から池新田を通って新野から南山に出た道の景色もすっと思い出せるよ」「結婚して武蔵小山に住んで、等々力に引っ越したね」「うん、どっちも憶えてるよ。公団が当たって等々力から横浜の片倉台団地に引っ越して直ぐ、区役所が紹介してくれた東神奈川の保育園に行ったら、保育園の周りに職を探す人がいっぱい集まっていて、あまり大きくない保育園は廊下まで子どもを寝かせていた。ここには預けられないと思った。六角橋の商店街近くの保育園は空きがあったが、商店街が10時から始まるので9時半からしか預かってくれない。困っちゃって等々力にいたとき預けていたなおみ保育園に行ったら、まだそのまま空きが残っていたからまた入れてくれたが、区役所の補助金分は自己負担になった。毎朝尾山台まで遠回りして、預けてから大井町の立会小学校に通ったの」と言って泣きべそをかき始めた。「どうして泣くのと?」と言ったら「あっ、泣いてた?」と言って、記憶を辿る空想の世界から現実の我孫子での食卓に戻った。よほど困って辛かった記憶だろう、横浜に引っ越して長女を預ける保育園探しの記憶は鮮明だ。横浜に住んでいたときのことを思い出すときはいつもこの話から始まるので、最近になって何度か聞かされている。私は海外出張の多い頃で、出張と出張の間に私の職場の皆さんが手伝ってくれて一気に引っ越し、皆さんと昼食を食べていたとき、人類が初めて月面に立った画像がテレビに映っていたのが私の引っ越しの記憶。思い返せば全て妻任せだった。
夕食の頃になるといつもの妻に戻っていた。電子レンジを使おうとして、「動かない」と妻。もう一度やらせたらスタートボタンの代わりに取消ボタンを押していた。「こっちだよ」とスタートボタンを指さしたら、三度目はちゃんと動いた。「私の頭はここにない」というので、「どこに忘れて来たの?」と茶化すと、「頭に訊いても分からないよ」と。妻の混乱ぶりも収まってやっと笑顔が出た。ここ二日間で急に認知症が進んだようだ。191130c.jpg

オレンジ色に染まった東の地平線の雲の上

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.29)
(アルツハイマー)

上空は雲一つない快晴の夜明け、まだ星が幾つか残る上空。オレンジ色に染まった東の地平線の雲の上。191129.jpg

岸辺から泳ぎ出たコガモやカルガモ。五羽ほどのカルガモが飛来しオレンジに染まった水面に着水。191129a.jpg

やがて雲から出た太陽は眩しく、地平線の空も沼もオレンジ色。191129b.jpg


『私の古い老眼鏡を掛けたらよく見えた』 (2019.11.29)PB282363mt.jpg
昨日早朝、妻の様子を見に行くとベッドに腰掛けノートを見ていた。サイドボードから引っ張り出したのだろう、妻が近隣センターに行っていた頃の日記だった。何度も中断し、また書き始めることの繰り返しだったノート。「もう忘れちゃったけど、書いておいたから何をやっていたか分かる。これ、我孫子のことだよね。私、いつここに来た? ちょっと前まで横浜にいたのに、頭の中がごちゃごちゃになって分からなくなった」「横浜から来たのは36年以上前だよ」「困ったな。頭がおかしくなっちゃった」と言ってノートを置き着替え始めた。
横浜にいた頃の夢を見たのか、横浜にいた頃を思い出して空想の世界にいたのか、朝食時には現実の我孫子に戻っていた。朝食後、Rに行く支度をして居間に降りてきて、持って行く手提げ袋に老眼鏡が入っていないと中を探っていた。「眼鏡なら、何処かに置き忘れて一昨日も昨日も探したよね。まだ見つかってないよ」と言ったら前夜言ったことは忘れて、「あなたは自分の眼鏡を探していたのでしょう」と前夜と同じことを言う。私の古い老眼鏡を掛けたらよく見えたと、それを持って出掛けた。昨日辺りから急に物忘れが増えて、妻自身も戸惑っているように見えた。
一緒に夕食の支度をしていたとき、ハイになって口数が多くなり、あれこれ思いつくことを一人でしゃべっていたが、突然真顔になって「私には子どもが二人いたよね、男の子はいなかったけど。今は子どもは出て行って二人家族だよね」「二人とも結婚して出て行ったよ」「結婚してたか」「孫だっているよ」「上は八王子にいるって分かるけど、下は川崎だったか横浜だよね」「横浜だよ」「うん、思い出したよ」「私は何人姉妹だった?」と言って指折り数えたが途中で分からなくなる。「上から名前を言ってごらん」と言ったら、立て続けに七人の名前を言った。今度は名前を言いながら数えて、「七人だ。名前を全部言えた。嬉しいね」「一番上の姉さんは亡くなったけど」「えっ、亡くなった」とびっくりした様子。自分の姉妹や娘たちのことを思い出しにくくなって来て、時たま末の双子の姉妹と自分の娘たちを混同するようにもなってきた。いずれ私も「どちら様でしたか?」と言われる日が来るだろう。

コサギ、ユリカモメ、オオバンに囲まれたカッパ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.28)
(アルツハイマー)

昼食の弁当を買いに水の館の農産物直売所へ、お目当ての弁当はすでに売り切れ。展望台に登ればコサギ、ユリカモメ、オオバンに囲まれたカッパ。191128.jpg

雨がまた強く降り出した沼、遊歩道を傘を差して歩いてくる女性の一団、スコープらしきものを持った人もいるからバードウォッチングの人たちか。191128a.jpg

上沼方向は雨が降っていないのか、手賀大橋の向こうにくっきりと見えた柏の街。191128b.jpg



『手帳と日程表を開いてにらめっこ』 (2019.11.28)
昨日早朝、妻の様子を見に行くとベッドの上に座ってノートを読んでいた。読んでいたのは救急搬送されて入院した9月上旬の妻の日記。「これ、私が書いたの? 私の字だものね」「そうだよ、入院してたときにあんたが書いた」「入院したの? 書いてあること、全然思い出せないよ」「お腹が痛くて、救急車に乗って行って、そのまま16日も入院したよ」「救急車に乗ったことはちょっとだけ憶えてる。そうだ、窓の外を見たことがある」と思い出したのはそこまで。入院したときのことは何度も問われて話しているが、何度話してもそのときのことを思い出せない。
昼食後ふらりと二階へ上がったきり戻ってこない妻。覗きに行けば手帳と日程表を開いてにらめっこ。「何をしてるの?」と声を掛けたら日程表を指さし、「今日は18日?」「今日は11月27日だよ、水曜日」「明日はRだから、お茶会の日を決めてみんなに連絡しなくっちゃ」「お茶はもう三年前もからやっていないよ。Rへはデイサービスでリハビリに行くの、お茶のお稽古はしなくていいの」「そうか、もうやっていないんだ。やらなくていいならうれしい」と安心した様子。RやWに行く支度中に、「お茶の支度をする」と言いだしことが何度かあった。やっとその理由が分かったような気がした。古いお茶の日程表に「K、お茶のサービス」と書いてあった。Kとは近所の介護施設、そこにはボランティアで入居者へのお茶の会をしに行く妻を何度か送って行ったことを思い出し、「Kにはお茶で行ったことがあるよね」と言ったらそのことは憶えていた。Kでの記憶が同じような雰囲気のRやWと重なって、RやWでもお茶の会をやったと思い込んでいるのだろう。
夕食後、Rに行く支度をしていて「眼鏡がない」と手提げ袋の中を探っていた妻。「眼鏡なら昨夜も探したが見つからなかったよ」と言ったら、「眼鏡が無いと探していたのはあなたの眼鏡じゃなかったの、私の眼鏡を探してくれていたなんて知らなかった」とまるで他人事。今日も妻の留守中、妻が何か行動を始めそうな場所を探した。トイレ、洗濯機の周り、物置の棚、台所の引出。全て空振りだった。191128c.jpg

ここ数日代わり映えのしない灰色の沼ばかり

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.27)
(アルツハイマー)

曇天だから少し明るくなってから桃山公園の高台に行ったが、ラジオ体操の時間近くになるまで誰も来ない。ここ数日曇天か雨、代わり映えのしない灰色の沼ばかり。191127.jpg

右からも左からも岸から湧いてくるコガモ、刻々と群は膨らみ正面の水面に集結。191127a.jpg

ビオトープの方の岸から数羽ずつ出てきて岡発戸新田の釣堀前に集まったコブハクチョウの親子8羽。全員集まったらこちらに来るかと待ったが、今朝は釣堀前から動かないコブハクチョウ親子。191127b.jpg



『老眼鏡が無いと読みにくい』 (2019.11.27)
昨日早朝妻の様子を見に行くと、ベッドに座ってテレビを見ていた妻。一昨夜は、頭がごちゃごちゃしていてとんちんかんなことを言ったり、とんちんかんなことをしそうだからRに行きたくないと、すっかり自信を失って落ち込んでいた妻だったが、一晩経ったらまた元気な妻に戻っていた。「Rに行く日だよ」と声を掛けたら、「分かった。早く起きて支度をしなくちゃ」と、昨夜のことは全く忘れてしまったようだった。出掛ける支度も順調に終わって、Rから迎えの予告電話が来たら玄関で靴を履こうとして、「どっちにしようかな、どっちがいいい?」と二足のシューズを片足ずつ履いてちょっとおふざけ。「どっちもいいから片足ずつ履いていったら」とからかうと、「Rは上履きに履き替えなくてもよくなったの。一日中こんな格好してたらみんなに笑われちゃうじゃないの」と真顔になって色の濃いシューズを選んだ。外は雨、迎車が来ると「鍵、掛けといてね」と言い残して迎えの車に飛び込んだ。元気に出掛けてくれてほっとした。
夕食後、まだこの新聞は見てなかったと一昨日の夕刊を広げた妻。老眼鏡が無いと読みにくいと眼鏡を探しはじめたが見つからず、「Rに忘れてきたのかな」と言ったが、デイサービスから帰った後ずっとたまった新聞を読んでいたからから眼鏡は掛けていたはず。眼鏡ケースも見つからないから、何かしようとして眼鏡を外しケースに入れて持ち歩いたかと、行きそうになところや入れそうなバッグの中を探したが見つからない。試しに私が以前読書用に使った老眼鏡を掛けてみたらよく見えると言うので当座はそれで我慢することになった。二人で探しても見つからず、「明日探そうよ」と言っても気になるらしく、二階へ行ったり居間に戻ってきたりせわしく動く妻。「背中にリバスタッチパッチを貼るから支度をして」と言っても上の空。
何か失敗をしても、元気なときは「またやっちゃった」と明るく振る舞っているが、内心は失敗をずいぶん気にしているようだ。「またやっちゃった」と自分で言ってもその直後に必ずと言っていいほど弁解をする。それが重なると自信を失って落ち込むから、失敗したことををやり直すにしても「大丈夫、大丈夫」と声を掛けたり、見て見ぬ振りをする。だが、こちらも余裕が無くなってきたとき、つい過ちを指摘したり強い言葉でやめさせることがある。びっくりしたよう顔をして、それが落ち込みの引き金になる。今までに何度反省したか、それでもやってしまう自分に私までも落ち込む。一昨日も思い当たることがあった私。191127c.jpg

頬に当たると冷たい霧雨混じりの風

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.26)
(アルツハイマー)

いつまでも暗い曇天、地上の灯りが流れる雲を照らし、頬に当たると冷たい霧雨混じりの風。191126.jpg

少し明るくなって見えてきたハス群生地、今朝も来ていたオオハクチョウ十数羽。191126a.jpg

雨粒が大きくなってきて、埋立地の杭にダイサギとコサギらしきが止まる。191126b.jpg



『コーヒーの入ったカップを持って来てくれた妻』 (2019.11.26)
階段をコツコツと叩くような音、両手でなみなみコーヒーの入ったカップを持って来てくれた妻。コーヒーを溢さないように一段おきに階段において上がってきたのだと。何か話したい様子だったが、モニターのヒヨドリを見て、「霧の中でよく見えないね、他の写真はどんなだった」とモニターを覗き込み、部屋から出て行った昨日の朝。
夜間に水を飲んだ量が少なかったからか、朝から「頭の中がもやもやしていて自分がやってることが分からなくなった」と言っていた。昼食のカレーを電子レンジで温めるのにスタートボタンを押さずに待っていて、「動かない」と言い、やり直したら1分40秒の設定時間を忘れて5分の設定をしてスタートしようとする。牛乳を注ぐと言ってカップを出してきてじっと眺めていた。「どうしたの」と声を掛ければ、「何を入れるんだった?」と牛乳を注ぐことを忘れていた。「テレビを見ようとして、空調のリモートを手に持って、「テレビが点かなくなった」と言ってきた。「頭の中がごちゃごちゃで、何をどうやるか分からなくなった」と言って、午後はずっとテレビの前でぼんやりしていた。どうしちゃったのだろう、ショートステイから帰ってきて昨夜までの活発だった妻とは別人のようになってしまった。
夜寝る前に妻の背中にリバスタッチパッチを貼りながら、「明日はRに行く日だから早く寝ようね」と言ったら、「Rには行きたくない。とんちんかんなことばかりやっていて、行ったらどんなとんちんかんなことを言うか分からないし、何を間違えてやってしまうか分からない。みんなに迷惑を掛けるから行きたくない」と呟く。「大丈夫だよ、明日は治ってるから」としか言いようがなかった私。一夜明けた今朝、一昨日までの妻に戻ってRへデイサービスに行く支度をしていた。何だったのだろう昨日一日は。191126c.jpg

濃霧の中にぼやけた街灯が三つ四つ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.25)
(アルツハイマー)


自宅から桃山公園への道、濃霧の中にぼやけた街灯が三つ四つ。191125.jpg

なにも見えなかった高台の下、明るくなってやっと市民農園跡の畑が見え始め、霧が流れたら見え隠れする対岸。191125a.jpg

微かに霧の中に浮き出てきた岡発戸新田の突端、数枚撮ってネコの木を望遠で撮ろうとしたら、流れてきた霧にまた消えてしまった。191125b.jpg



『久しぶりにおしゃべりできて楽しかった』 (2019.11.25)
たまった洗濯物を洗濯機に入れ始動してから妻の様子を見に行った昨日午前中、テレビを見て一人で笑っていた妻。妻のお茶の友だちから電話があった。お互いの近況を話していたのだろう、妻は宙を指さし地図をなぞるような仕草をしながらW園への道を説明してから、一号室にいたこと、いろんなグループの人が研修に来ていてグループごとに話し合いをしていたと言っていた。ショートステイから帰ってきてからの妻の話も、聞いていると研修会のためにWに泊まっていたような気分で過ごして来たらしい。たぶん職員の方がうまく相づちを打ってその気にさせてくれたのだろう。友だちとの電話の会話では、楽しかった様子を少し話したら、またWへの道順の話しを繰り返す妻。妻の状況を知っている友だちが上手に話を聞いてくれていたのだろう、ちょっとハイになって電話の子機を返しに来た。「何を話していたたの?」と問うと、「いっぱい。もう忘れちゃったけど、久しぶりにおしゃべりできて楽しかった」と言った。
洗濯機から洗い上がったものを取り出していた妻に、「昼食は何がいい?」と訊くと「なんでもいい。暖かい麺がいい」というので近所のガストへ行くことにした。しばらくして様子を見に行くと洗濯物を干すのは途中まで、鏡台の前に座ってお化粧中。横にはまだ干すものが残っていた籠。気がついてまた干し始めた妻を待つ。
近所のガストに行って、前回と同じ『一日分の野菜のベジ塩タンメン』までは直ぐに決まったが、セットだと付いている『具たくさんフルーツヨーグルト』より『お濃い抹茶ババロアと白玉あずきの盛り合わせ』の方がいいかなとメニューとにらめっこ。妻には少し量が多すぎるかと思ったが、おしゃべりをしながら完食。
いつもの日曜日より遅い夕食の支度。手伝おうとする妻に宅配弁当を並べ、インスタント味噌汁に湯を注ぐのを頼み、ちょっと目を離したらその隙に朝食用に買っておいた野菜サラダとハムも盛りつけてあった。「これは明日の朝にしようね」と器にラップ掛けを始めると、余分なことをしたのに気付いたのか「私は食卓を賑やかにしたいだけだったの」と言い訳。冷蔵庫の扉に『野菜サラダは朝食用---夕食には使わないで』と張り紙がしてあり、それを指さしたら「何度も読んだけど、夕食の支度をするときは見えないの」と言う。さて、何か妙案はないものか。191125c.jpg

まだ沼の向こうに対岸の灯り

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.24)
(アルツハイマー)

雨だから、少し明るくなって桃山公園の高台へ。まだ沼の向こうに対岸の灯り。191124.jpg

雨だってハス群生地にちゃんと戻って来ていたオオハクチョウたち。191124a.jpg

待っても止みそうにない雨、藤棚の下を遊歩道に向かっていたシベリアンハスキーのジャックとお父さん。それ以外に人影は無く早々に帰宅。191124b.jpg



『帰ろうとするTさんと握手』 (2019.11.24)
昨日夕方、玄関から「ただいま」と妻の元気な声。送ってきてくれたTさんが「誕生日だった日の音楽イベントではカラオケで歌って、みんなから上手だと褒められた」と言うと、「憶えてない、忘れちゃった」と妻。「誕生祝にカードももらったね」「忘れた」と言って手提げ袋を探したら出てきた大きな誕生祝いのカード。「帰ってくる前には仲良くなった人とベッドに腰掛けて楽しそうにお話ししていたよ」と言われるとしばらく考えて、「思い出せない。一つ楽しんでも直ぐ忘れちゃい、その次ぎに楽しんでも忘れちゃう。忘れちゃって楽しいのはそのときだけでももいいじゃん」と妻。帰ろうとするTさんと握手をして、玄関の外まで後を追い「またね」と言って見送った。
居間に戻ってくつろぎ、買っておいたアイスキャンデーを食べていた妻に、「W園はどうだった?」と訊ねたら、Wってどこ?」「Rの近く」「Rってどこ?」、自宅からRまでの道を説明し始めると「わかった。そこから山の方に見えるところに行った。1号室にいたよ。私は何日いたの?」「五泊六日」「えっ、そんなに長く。どんどん忘れるから一日だけかと思った。惚けたからかな。その方が気楽でいいよ」と言ってアイスキャンデーを食べ続けた。
帰ってきてご機嫌がいいので私もうれしい。いいショートステイだったと言うことだ。何か気に入らないこと、悲しいことがあるとそれが何だったかは忘れても、いやだったとか悲しかった感情だけはずっと残っていて、帰宅してもその感情を引き摺っていて私を困らせる。
妻の記憶は、自宅からその場所や建物までの道を自分の頭の中の地図に合わせて思い出すとその場所や建物の記憶につながり、そこでの出来事も思い出すようだ。いろんな出来事の断片が記憶されているが、正常なら幾つものインデックスで個々の記憶を読み出せるが、妻の場合は特定の幾つかの階層を辿っての限られたインデックスがないと読み出せないような気がする。たとえばある場所までの行き方で場所を思い出し、場所が分かるとその場所に係わる幾つかの出来事の記憶につながるように、インデックスやインデックスへのパスが極端に少なくなってきているようだ。もう一つは、写真を見せるとイメージとして記憶に辿り着くことがある。Tさんとのツーショットを見せたら送ってもらった車の中で話したことを思い出した。191124c.jpg

カッパの潜水前も今日は誰もいない

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.23)
(アルツハイマー)

いつもの時間に目を覚ますと外は雨。5泊6日の妻のショートステイ最終日だから早朝の撮影を休みゆっくり眠る。昼近くになって水の館にある農産物販売所へ買い物に行き、展望台から雨の手賀沼を撮る。いつもか誰かしら人が映り込むカッパの泉水前も今日は誰もいない。191123.jpg

手賀大橋の方向を撮れば、雨に煙って手賀沼公園も大井新田や柏の街は見えない。191123a.jpg

直ぐ下を覗けば何かのイベント中。雨が強くなって見えるのは主催者らしき人の傘ばかり。191123b.jpg


『回想 妻がアルツハイマーと判明してから(2)』 (2019.11.23)
2017年2月になって、天王台高齢者なんでも相談室のIさんが来て妻が玄関先で対応。緊急連絡先を訊ねられ妻は何かの勧誘と勘違いして「今のところその必要はありません」と答えてお引き取りいただいた。私が気付いて玄関に行ったときはもう帰られた後だったので、市役所に電話して相談室の役割について説明を受け、相談室に電話して長女を緊急連絡先とすることを伝えた。折り返しIさんから電話があり、妻をよく知っている地区社協の方から、最近妻の様子がおかしいし運転も危なっかしくなったようなので、様子を見てきて欲しいと依頼があったからと訪問のいきさつについての説明を受けた。妻はリバスタッチパッチを貼るようになったが、この薬は運転に注意が必要だから運転をやめた方がいいと、医師からのアドバイスがあったことにして運転をやめるよう提案した。今までかたくなに運転をやめることに抵抗していた妻が、医師からのアドバイスならとその日から運転をやめることに同意した。それ以降、妻の送り迎えは全て私が運転することに決めた。Iさんから聞いたことを医師のアドバイスと言い換えて妻に伝えたことは心苦しく思ったが、運転をやめさせることが出来てこれでよかったと思うことにした。車の鍵は常に私が身につけていて妻が運転できないようにもした。
翌朝、S整形外科に行くからと車の鍵を探していた妻、もう運転をやめたことを説明すると、「そうだったか、いよいよ大好きな車の運転ともお別れか」と言って淋しそう。この日以来、Y内科、S整形外科、近隣センターに行く妻の送り迎えが始まった。翌日、歩いて近隣センターに行くと言っていた妻、支度が遅れ車の鍵を探していたが、運転をやめたことを思い出して「自分では大丈夫だと思うけど」と言った。近隣センターへ送って行く途中、助手席から私のブレーキのタイミングが遅いと小言。夕方の買い物も妻を助手席に乗せて行くようになったが、私の運転に注文が多いにのには閉口させられた。
妻の高校の同級生から、私と同級生だった姉と二人で我孫子に来ると妻に電話があった。妻は自分が運転しなくなったことも忘れて手賀沼見物の案内をすると約束していた。また私の仕事が増えた。191123c.jpg

曇天の空を照らす地上の灯

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.22)
(アルツハイマー)

曇天の空を照らす地上の灯り、雲を映して明るい水面。191122.jpg

こんな朝は誰も来ないと思ったが、ベンチを使って柔軟体操をしていた人、立ち止まりじっと沼を眺めていた散歩の人、沼を見下ろす愛宕大権現の前で手を合わせていた人。さすが三脚を持った人は現れなかった。191122a.jpg

対岸の灯りが降り始めた雨を照らし、浮き上がって見えたネコの木。小雨に傘も差さずに小走りに帰る犬の散歩の人。カメラが濡れないように傘を差して家路を急ぐ。191122b.jpg




『回想 妻がアルツハイマーと判明してから(1)』 (2019.11.22)
2017年1月になってから、妻の物忘れが急に多くなった。出先から出迎えを電話で頼んでも忘れ、頼まれたことはないと言う。買い物に出ても買いたいものを買わずに当面必要ないものを買ってくる。台所用品の同じものばかり在庫が増える。忘れても忘れたことを認めたがらず言い訳を並べる。私も異変には気付いていて、物忘れ外来に行こうと誘うと烈火のごとく怒り出す妻に手を焼いていた。
Y内科へ市の検診を受けに出掛けた妻、自分でも物忘れ増加を気にしていたのだろう、認知症の検査を受けて来る。Y先生にK市民病院でのMRI検査の予約をしてもらい紹介状を持って帰宅する。1月になってから沈み込む日が多かった妻だったが、翌日近隣センターにコーラスの練習に行ってきたら気分が晴れたとハイになっていた。その翌日は妻を連れてK市民病院へ行きMRIの検査を受け、Y内科への手紙とMRI画像の入ったCDを受け取って帰宅した。
午後、妻がY内科へ手紙とCDを届けに行き、CDは自分で持っているように言われて持ち帰る。妻は検査結果について何らかの説明を受けたはずだが憶えていないし、結果をいつ聞けるかも分からない。診察券に2月1日のタグが貼ってあるから次回受診の予約は判明、薬の処方箋は出なかったと言っていた。診療明細書を見たら薬の処方箋が出たはずだなので探したが見つからない。K市民病院の領収書も見つからないから何処かにあるはずだと二人で更に探したら別のバッグの中から出てきた。処方されていたのはリバスタッチパッチ4.5mg14枚。インターネットで検索したら、『通常、アルツハイマー型認知症の症状の進行抑制に用いられ、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素の働きを抑えることにより脳内アセチルコリン量を増加させ、神経の情報伝達を促進することで、記憶障害(物忘れ)、見当識障害(時間や場所の認識の問題)、判断ができにくくなるなどの認知症の症状進行を遅らせる』とあった。妻はこの日一日に何があったか一部分しか思い出せず、MRI検査のことも昨年のHクリニックでの検査の記憶とごちゃ混ぜになっていた。顔をゆがめて泣きそうな妻の顔を見て、「どうしたらいい」と心の内で叫んだが、妻には病名は伝えずに「明日薬局に行って薬をもらってこようね」と言って遅い夕食。500mlの缶ビール一本を飲んでも、これからどうするか、どうなるのかと不安だけが頭をよぎり寝付けず、MRI検査のCDをパソコンで開いて膨大な画像を眺めたが、どこに問題があるのか私に分かるはずもなかった。
翌朝、妻の混乱ぶりは治り、病院と薬局に行ってリバスタッチパッチを処方してもらってきた。その夜から妻の背中にリバスタッチパッチを貼り替えるのが私の仕事になった。191122c.jpg

雲の上に出た途端に眩しい太陽

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.21)
(アルツハイマー)

東の地平線の厚い雲が高く遅い日の出。雲の上に出た途端に眩しい太陽。191121.jpg

ハス群生地にオオハクチョウの群、散らばっていたのが集まってきたので、飛ぶかと待ったが飛び立たない。191121a.jpg

自宅の庭に来たメジロを追い出し、電線に止まって庭を見下ろすヒヨドリ。191121b.jpg



『回想 アルツハイマーの妻の初期症状(4)』(2019.11.21)
2016年後半になって、家の中で21歳になったネコを抱いてぼんやりすることが目立つようになった。一緒に買い物に行くと、持って行ったメモを見ようとせず、商品棚を指さして歩きメモに書いてない同じものを何度も買い物籠に入れようとしたり、目の前の棚にあるものを見付けられないことも増えた来た。夏も過ぎるころから「何が欲しい?」「何を食べたい?」と私に聞き、自分で買うものを決められなくなった。夕食の献立を決めて買っても食卓に出てきたのは別物と言うことも時々あった。気が変わったと言うよりも、話し合ったことを忘れてしまったようだ。そんなとき、買い物の時の会話のことを言っても思い出せないし、記憶にないという。時には「あなたは造り事を言って自分の言うことを正当づけようとする」とまで言ったこともあった。一人でパンを買いに行ったとき、買ってきたのはネコの餌と酒のつまみにと明太子とさきいかだけを持ち帰ったこともあった。間違えたときの言い訳の中に、「長年やってきたからもう食事のことを考えるのはいやになった。もう卒業したい。買い物だって身が入らない」と、食事の買い物や支度をいやがるようになった。
近隣センターのお茶の会やお話会の前、簡単なメモをパソコンで書いて持って行った。7月頃からWordの使い方が分からないと言ってくることが急に増えた。以前は分からないことがあるとマニュアルを見ていたが、マニュアルを見なくなり、適当に勘でいろんなボタンを押して試していた。ある日何かのボタンを押したら変な画面になったと言うので見に行くと、Windows7からWindows10への変更が始まっていた。更新後、パソコンのスタートの方法、幾つかの操作方法が変わったら操作しにくくなったと文句を言っていた。メールの発着信や私のブログを見たり、二人の娘のFacabookを見ることは出来ていたが、文章を作っても自分で印刷出来なくなって、メール添付で私に送り私がプリントするようになった。
通常の会話ではほとんどおかしいと分からないが、約束と違う行動をすることも出てきた。友だちと出かけるので天王台駅まで送っていって帰宅すると、妻が約束の場所に来ないと友だちから電話があった。妻に電話すると天王台で待っていたが友だちが来ないから柏にいると言う。再度友だちから電話が来て妻の携帯の番号を教えると、友だちと連絡が取れて妻を見付けてくれた。帰宅した妻の手帳を見たら、待ち合わせ場所は柏駅みどりの窓口前と書いてあった。
妻の双子の妹たちと上野に昼食を食べに行くと言っていたが、待ち合わせ場所を確認しようと電話したら、上野は前月に行ったところ、翌々日は掛川の実家に墓参りに行くことになっていた。東京駅発のこだまの時間と何号車かを決め、妹二人は新横浜から乗り込むことにしていた。当日は東京駅で時間があったので土産物屋を見ていたら指定の列車に乗り遅れ、二人には迷惑を掛けてしまった。私が出掛けるときには我孫子駅か天王台駅へ妻の運転で送ってもらっていたが、行き先を間違えそうになったり途中で行き先を訊ねることが多くなり、迎えを頼んだときも駅名を間違えて待っていたり、迎えを頼まれたことを忘れて自宅でテレビを見ていたこともあった。他人との約束はメモしておくよう言ってもなかなか実行しなかった。191121c.jpg

雲間から吹き出し始めた光芒

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.20)
(アルツハイマー)

東の空に雲が多い朝、雲の向こうに陽が昇り雲間から吹き出し始めた光芒。191120.jpg

やがて雲の隙間に太陽が見え雲の上下に光芒。191120a.jpg

ハス群生地を飛び立ったオオハクチョウ六羽が鷲野谷新田から泉新田の方に消えた。白井の池に向かったのだろうか。191120b.jpg


『久々に惰眠を貪っても』 (2019.11.20)
昨夜、長女からFacebookのMessengerに、私と妻のやりとりについて気がついたことを書き込んでくれた。
『今日のFacebook読んだよ。
時々思うんだけど、お母さんがやったけど忘れてしまっていることを伝えるとき、「○○しただろう」と言うのではなくて、「○○していたよ」とか「○○したよ」と言う方がいいのでは。「○○しただろう」は、言われた側は忘れてしまっていることを責められている気持ちになりやすいと思う。「だろう」は相手に確認を求めるニュアンスがあるからね、「そんなことも覚えてないのか?」と言われてる気持ちになりそう。忘れているお母さんに「○○しただろう」と確認しても意味ないし、「○○していたよ」と淡々と事実を伝えるのがいいのではと思う。
とは言っても、伝えたことをお母さんが疑って信じないから困っちゃうんだけどね。私は知らない、聞いていないって言い張るもんね。お父さんのイライラや腹立ち、やっぱり駄目かと言う無力感、いろいろ辛いよね…。今週はやらなくてはならないこと、やりたくないことはやらず、やりたいことだけやって、のんびりしてね。休むということはそういうことだと、精神科医のコメントを最近読んだよ。』
読んだ瞬間、「そうだったのか」と一昨日、あるいはそれ以前に、妻とのやりとりで妻が不機嫌になったときのことを思い返した。一泊のショートステイを五泊六日に変更したとき、妻の了解も得たし、一昨日早朝までは妻も五泊六日で出掛けるつもりになっていたのに、出掛ける間際になって五泊六日に変えたと言い、荷物も支度してないから行きたくないと言い出した。何度説明しても聞き入れず、切羽詰まった私は決めつけるように、「先週月曜日にAが来て一緒に選んで持ち物を用意しただろう」と言った。その途端に妻は不機嫌になった。いつだったか、夕食後に風呂に入ると言い出し風呂に点火しようとしたとき、やめさせようとして「今朝Rで入っただろう」と言ったら、「優しい言葉を使ったって私に怒ってる。忘れたふりしてるんじゃない、私は忘れる病気だから本当に忘れたんだ」と言い返してきたことがあった。長女に指摘されて「これだ」と思った。
妻が分かり難いと言った予定表を、一昨日朝になって見やすいように大きな字で「五泊六日」と書いてやったから、妻は急に変更したと思い込み強硬になったのだと思われる。
『やらなくてはならないこと、やりたくないことはやらず、やりたいことだけやって、のんびりしてね』との娘の言葉通り、昨日は久々に惰眠を貪った。だが昨夜は、冬物の衣類と入れ替えなければならない、年賀状の住所録もまだ整理してなかった、もう何日も掃除をしてないから綿埃がたまった、庭の草撮りをしなくて草ぼうぼうになったと、何も出来なくなって戸惑う夢を見た。土曜日まで休む時間が出来たのに、心の中まではまだ休めていないようだ。191120c.jpg

まだ対岸では雨か降っているのか霞んで見える

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.19)
(アルツハイマー)

雨が止んで明るくなったら桃山公園の高台に行く。まだ対岸では雨か降っているのか霞んで見える。191119.jpg

岡発戸新田の釣堀前にビオトープの方から泳いできたコブハクチョウの親子8羽。191119a.jpg

早々に帰宅しようと杉林跡の茂みの小径を歩いたら、木立の向こうにラジオ体操をしていた人たち。191119b.jpg


『「大丈夫だよ」と慰めてくれたTさん』 (2019.11.19)
昨日早朝、妻の様子を見に行ったら、「トイレに行ってきてから目が覚めてるよ。今日はWに行く日だから早く起きて支度をするよ」と言って起き上がりベッドの上にちょこんと座った。残っていたコップ一杯分の水を飲ませた。撮影から戻ると、ベッドの上でショートステイに持って行く積もりだろう何日分かの衣類の支度をしていた。「それなぁに?」「Wへ持って行くもの」「先週月曜日にA(長女)が来て一緒に選んで用意しただろう」「Aが来たのは知らないよ」「支度したあと、Aと一緒に美容院に行っただろう、髪を短くしてかっこよくなってるよ」「短くなってるけど、美容院に行ったことは憶えていない」「持って行く荷物はもう鞄に入っていて、あと化粧品と薬、筆記用具を入れるだけ」「じゃぁ鞄の中を見る」「今から開けて取り出すとごちゃごちゃになって支度が間に合わなくなっちゃう。お迎えの人が来たときに見て貰おうね」「行くのは私なのに」と、朝食前から不機嫌にしてしまう。
朝食が終わってお化粧してきた妻、「今日はどこへ行くの?」「Wへお泊まりに」「いつまで行ってるの?」「土曜日まで」「そんな話し始めて聞いた。急に決められたら困るよ」「前から言ってあって、荷物だって用意してあるだろう」「以前言ったって言われても、私が自分のこととして聞いてなかったから憶えていない。自分のことだと知って聞いていたなら憶えているはず」と言い張る。妻が持って来た手提げ袋はRにデイサービスに行く荷物、お便り手帳など必要ないものを取り出していると、「私が邪魔で放り出したいんでしょ。そんなに行かせたいならあなたが行ったらどう? 昨夜から体調が悪くなって足がよろよろするし、段々吐きそうな気になってきた。家にいると一番休まるし、家で寝ていたい。もう行くのはやめた」と言い出す。それでも二階へ行って化粧品の入った小さな袋を持ってくる。
ふと気がついた。予定表に鉛筆で一泊の予定を書いて、赤いボールペンで五泊六日に直してあったのが分かり難いと言うので、妻の目の前で、黒のサインペンで大きく『Wショートステイ五泊六日』と書いてやった。あとからそれを見て急に変更して決めてしまったと思い込んだらしい。
9時50分頃WのTさんから迎えの予告電話があって、10分後に迎えに来てくれた。妻にやさしく話し掛けながら鞄の中をチェックし、私から薬や保険証などを手渡し、ショートステイ申込書も提出した。見ていた妻が顔を手で覆い、「昔の私は、今の私のような人の面倒を見たり病院に連れて行ってあげたのに、今は逆になって私が面倒を見て貰うようになって、辛くて悲しいの」と泣きじゃくった。背中を抱くようにして「大丈夫だよ」と慰めてくれたTさん。妻も泣き止んでTさんと一緒に車に乗り込んで、「行ってきます」と手を振った。家に戻って、ほっとしたのと気が抜けたような気分で11時まで居間に座っていたが、気を取り直して立ち上がった。妻がいなくて自分だけのことだとめりはりがなく、ただだらだらと時間だけが過ぎて行く。これが休むってことだろうか。191119c.jpg

赤く色づく雲の隙間の周り

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.18)
(アルツハイマー)

桃山公園の高台に立てば暗い曇天の朝。雲間が明るくなり朝の光がこぼれ落ち始めたら、空の色を映し沼は青みがかった灰色一色。やがて地平線の雲の向こうに太陽が昇る頃、赤く色づく雲の隙間の周り。191118.jpg

雲間が広がって、遠くの厚い雲から出たら目にもカメラにも眩しすぎる太陽。撮ってはみたが暗い景色の中に白飛びした太陽の周り。再び厚い雲の入る直前丸く撮れた太陽。191118a.jpg

太陽が雲に入れば手前より暗転し始めた沼。一瞬、くっきりと浮き上がって見えたネコの木。一ヶ月ほど前に森かずおさんが「太陽が後ろに回ったら撮るつもり」と言っていたのを思い出す。生きていて横で撮っていたらどんなネコの木を撮っただろうか。191118b.jpg



『投票所のドアが自動ドアと思ったのだろうか』 (2019.11.18)
昨日早朝、妻の様子を見に行けばもう目覚めていて、「今日から再出発、散歩に行って、洗濯や掃除をして、出来ることをどんどんやると決心した」と言う。ここ数日行動が活発でハイな日が続くが、足が痛い、足を動かしにくいと言い出したのでぼつぼつ落ち込みそうないやな予感がした。
朝食が終わったら直ぐ市議会議員選挙に行くことにしていたが、私が始動しておいた洗濯機の脱水が終わったことを発見した妻が、「洗濯物を取り出してから行くからちょっと待って」と言ったが中々戻らない。つい居眠りをしてしまったら40分後に「お待ちどうさま」と二階から降りてきた。不審に思って洗濯機を見れば洗い上がったものはまだ入ったまま。「何してたの?」と訊いたら「予定表がごちゃごちゃしていて確認していた」と。
「名前を忘れちゃうといけないから持って行く」と選挙公報をたたんでポケットに入れて出発。投票所のドアが自動ドアと思ったのだろうか、ドアの前に立って少し待っても開かないので、手で少し開け振り返って照れくさそうに笑った。投票を終わって妻を待っていたら、持って行った広報を見ることもなく直ぐ書いて妻も投票。
帰宅すると予定表を持って、一泊予定だったショートステイを五泊六日に訂正した痕跡を気にして何日まで泊まるか確認しに来た。また、持って行く衣類などの荷物を用意すると言い出したので、先週月曜日に長女が来て妻と一緒に用意してあると言うと、何が入っているか確認したいと言い出す。一旦バッグを開くと次々入れ替え収拾が付かなくなる。私が「開けて見なくても大丈夫」と言っても聞き入れないから、長女から電話して説明してもらうと渋渋了承した。そのあとずっと不機嫌になってしまった。
午後になり、また予定表を持って来て、五泊六日が一泊になったと思っていたが違うのかと言う。先月末に一泊を五泊六日にしたと伝えると、その理由を何度も問い詰める。先月、ケアマネージャさんが私の疲れ切った様子を見て、音楽のイベントに合わせての一泊を延長するよう提案してくれ、理由は私が病院に検査に行くことにしてあった。どうやら私の都合で自分のショートステイが延長されたのは気にくわないと言いたいようだった。五泊六日にしたことは、妻にも相談して変更したし、そのことはずっと理解していたのに。
そのまま妻と話していると、持ち物のバッグを開いて中を見られないことに始まった妻の不満が、形を変えてどんどん大きくなるので話を打ち切り、持って行く薬や薬手帳、薬の説明書、介護保険証、健康保険証を用意し始めたら妻の質問攻めも小休止した。191118c.jpg

布瀬の丘の向こうから眩しい日の出

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.17)
(アルツハイマー)

布瀬の丘の向こうから眩しい日の出。成田着便が一機下降してきたが日の出が遅くなったからか、到着便が早かったのか太陽の上を通過。191117.jpg

快晴の朝の日の出はただただ眩しく、沼は朝日に染まってオレンジ色。191117a.jpg

自宅近くの畑で追いかけっこして、走り回っていたハクセキレイ二羽。191117b.jpg


『洗面所の引出を見て「手拭きタオルがない」』 (2019.11.17)
昨日早朝、妻の様子を見に行くともう目が覚めていて用意した水は全部飲んであった。「もう写真撮りに行くの? 毎朝早く、よく続くね」「写真を撮りに行くのをやめたらガタガタなって、なにも出来なくなるだろうよ」「あんたが元気でいられるのは、私がこんなになって手が掛かるからでしょ。元気なのは私のおかげかもね」と珍しく朝から冗談を言う。出掛けようとする私を玄関まで見送りに来て、「今から二階へ行ってガウン着て、歩いて行くのを見るからこっちを向いて」と階段へ急ぐ。畑の中の道に差し掛かり自宅を見れば、雨戸の隙間から手を振っていた。ここ数日、なぜこんなお遊びを始めたのだろうか。
Rへ行く支度が遅れ気味なところへ、いつもより10分も早くピックアップ予告の電話が来る。慌てて支度しているところに迎車到着、ハンカチを忘れたことに気付き、洗面所の引出を見て「手拭きタオルがない」と妻。洗濯したものをまとめて何処かに収納したらしく見つからない。仕方なく近くにあったタオルを渡すと、「こんなに大きいの持って行くの」と文句を言いながらバッグに入れて、元気よく出発。
4時30分頃に妻帰宅。「Rで水分を取った?」と訊くと、「着いたらね、直ぐ風呂に入った。少し休んで一人ずつ呼び出されて体操をした。お昼を食べて利根川の土手とたんぼ道を歩いた。帰る前におやつと飲み物が出た」と順を追って思い出し、最後に答えが出た。記憶が正しいものかどうかは分からないが、いつになくはっきりした答え。とりあえずコップ一杯黒酢リンゴで微かに味付けをした水を飲ませた。
夕食後、妻の背中のリバスタッチパッチを貼り替え。昨夜貼り替えたとき5センチ角に切った粘着性伸縮包帯で押さえておいたら、Rで風呂に入ってきたがしっかり押さえられていて、リバスタッチパッチが剥がれることは無かった。
寝る前に戸締まりのチェックをしていたら、「おばあちゃんはどこにいる?」と妻、「えっ、誰のこと?」「あんたのお母さんが手賀沼の辺りにいたから家に連れてきた。寒くないように寝かしたいけどどこにいる?」「お袋なら17年前に亡くなってるじゃないの」「そうか、なに考えていたんだろう」と言ってやっと現実に戻った。母が自宅にいて、手賀沼へ散歩に行っていた頃のことを思い出したのだろうか。母にはてこずっていた妻だったから。191117c.jpg

雲一つない快晴の朝に布瀬の丘から日の出

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.16)
(アルツハイマー)

雲一つない快晴の朝に布瀬の丘から日の出、出れば白く眩しい太陽。右手から下降してきた成田着便が太陽を横切っても、眩しい太陽に吸い込まれて消える。191116.jpg

撮影からの帰り道、近所の屋根のアンテナに止まっていたジョウビタキ。レンズを向けたら飛び立って、我が家を飛び越え隣の屋根のアンテナに。我が家の屋根にはアンテナがなかったからか。191116a.jpg

見上げれば住宅地の上に白い月、撮ろうとしていたらファインダーの中を通過したJAL一機。191116b.jpg


『剥がれやすくなったリバスタッチパッチ』 (2019.11.16)
一昨日の夜、妻の背中にリバスタッチパッチを貼ろうとしたら、前夜貼ったパッチが見当たらない。先月からで剥がれて無くなったのは4回目、いずれもRにデイサービスに行った日。10月の処方分からリバスタッチパッチを一枚ずつ入れた袋が大きくなった。デイサービスの際に風呂を利用させてもらっているが、10月までの一年以上入浴で剥がれてしまったことは無かった。袋が大きくなってから、以前といくつっかの違いがあることに気がついた。背中に貼ったリバスタッチパッチを剥がしたあとが赤くなることが少なくなったこと、剥がしたあとに黒い汚れが残らなくなったこと、袋から取り出すときに薬側に貼ってある透明シートが剥がれやすくなったこと、入浴後や貼った翌日貼り替えるときパッチが少し浮き上がっていたことに気付いたが、改善による変更だったのかと思っていた。しかし、デイサービスに行った日にに限り4回も剥がれたことが気になった。デイサービスではパッチを貼ったまま午前中に入浴するが、自宅では夕方入浴後に貼り替えていた。
入浴すると剥がれることについてM薬局に問い合わせたら小野薬品に問い合わせてくれて、「テストの結果では粘着性は同等だが、剥がれやすい、入浴したときに剥がれるようになったとの報告があった。貼る場所の水分をよく拭き取り、貼ったあと10秒間押さえていれば剥がれにくくなる」との回答をいただいた。
週三回デイサービスに通っていて、施設での入浴は午前中、自宅の入浴する場合は夕方。入浴後に貼るようにすれば日によって一枚のパッチが貼ってある時間に大幅な差が出る。また貼り忘れの無いように今まで通り夕食後に貼り替えたいと相談したら、薬剤師から貼ったあとパッチの上に大きな絆創膏を貼る方法の助言があり、『貼るだけ包帯』の使用を奨められた。5センチ幅のロールから5センチ角に切り取って、昨夜の貼り替え時から使い始めた。今日デイサービスで入浴した結果はどうなるだろうか。191116c.jpg

流れる雲の隙間に明るい青空

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.15)
(アルツハイマー)

流れる雲の隙間に明るい青空、雲間を映し明るくなったり暗転する水面。地平線には厚い雲が居座り、上空には段々雲が増えてくる気配。191115.jpg

いつもより沢山のカメラマンが来たのにがっかりさせるような雲。帰る頃になって、厚い雲の向こうの日の出に赤く染まった雲、雲間から吹き上げ始めた光芒。191115a.jpg

やがて雲間からちょっとだけ覗いた太陽、次の瞬間雲から出た太陽は眩しすぎてモニターを見たら白飛び。191115b.jpg



『微かに味付けすれば水を飲んでくれる』 (2019.11.15)
撮影に出掛ける直前の昨日早朝、妻の様子を見に行けば水は少し残っていただけ。「今日はRに行く日だよね。何日の何曜日?」「14日の木曜日だよ」「火木土の木か」と言って、忘れずにガウンを羽織り撮影に出掛ける私を玄関まで来て見送ってくれた。
帰宅して、プラスチックゴミ、空き缶、空き瓶など集積場所に出していたら、二階の雨戸を開け「ガウンを着ているから大丈夫だよ」と言った。早朝から活動的になっている妻。朝食の支度をしていたら手伝いに来た。私用に豆乳、妻用に牛乳をカップに注ぐように頼んだが、ちょっと目を離している間に牛乳と豆乳のカップを食卓に運び、それを忘れてまた別のカップに牛乳と豆乳を注いでいた。「あっ!」と私の声が大き過ぎたから、「どうしたの?」と言いながら二度目の作業を終えた。先に運んであったカップを指さすと、「なんでだろう、注ぐことしか考えなかったからだよ」と言いながらあとから注いだカップにラップを掛けて冷蔵庫に入れた。最近、同じことを重複してやってしまうことが増えて来たようだ。
いつもより少し早くデイサービスから帰ってきた妻。電気カーペットに座り新聞を読み始めようとしたので、水不足になるのを心配してザクロ黒酢で微かに味付けをした水を飲ませる。水道水だと「喉は渇いていない」と直ぐ飲むのをやめるが、微かに味付けすれば水を飲んでくれる。飲み終わると、「私、お腹の何処かが悪いのでしょう。あなたが入院したことのある根戸交差点近くの病院で診て貰おうかしら」「T病院だね。あそこでは大腸ポリープを取って貰った。あなたの場合はY内科でG先生が胃カメラをして、腹部エコーの結果を診てくれた。先生が常勤の取手の病院で血液検査、CTでの画像診断もしてもらった。12月にはY内科でG先生の診察も予約してあるから大丈夫だよ」と話した。「どうして検査することになったの?」と問われ、8月末に腹痛で救急搬送、膵炎で16日間近くの病院に入院、退院してY内科や取手の病院で検査したことを何度も繰り返し話したら、「これですっきりした」と妻。なかなか理解してくれなくても、妻の苛立ちには何度でも繰り返し問われたことを説明してやることが必要だと思った。191115c.jpg

朝焼けも日の出も見られそうにない早朝

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.14)
(アルツハイマー)

地平線から上空まで雲に覆われた曇天。遠くの朝の光が微かに漏れても、朝焼けも日の出も見られそうにない早朝。191114.jpg

友人ご夫婦がカメラを持って散歩の途中に立ち寄った。「今朝はダメだね」と話していたら、雲の隙間からこぼれ落ち始めた雲の向こうの日の出の光。191114a.jpg

数分経ったら薄雲の向こうに太陽、水面に映って向こう岸からこちら岸まで伸びてきた光の橋。191114b.jpg


『孫子市議選の広報と高校の同窓会名簿』 (2019.11.14)
昨日早朝、まだ寝ているかとそっと覗いた妻の様子、ベッドの上に座ってRの連絡帳と妻の予定表を見比べていた。「今日は火曜日? Rに行く日だよね、支度をしなくちゃ」「今日は水曜日、出掛ける予定はないよ」と答えれば怪訝そうな顔。「今日は13日の水曜日」と言って連絡帳の最後の記入が12日の火曜日になっているところを指さしたら、「昨日Rに行ったんだ、全然憶えていない。足が痛いからどこにも行きたくないので嬉しいよ」と妻。今朝も玄関の内側で撮影に出掛ける私を見送ってくれた。
二階の雨戸を開けていた妻が撮影から戻ってくる私を見付けて手を振っていた。帰宅すると一階の雨戸も開け、「寒い寒い、足が震える。ベッドに入って暖まってくる」と言う。妻を見たらガウンを着るのを忘れパジャマのまま。「二度寝しちゃダメだよ」と言って、パソコンに今朝の写真を取り込んでいる間に二度寝してしまった妻。朝食の支度が出来て呼びに行けば、「寒いから起きたくない」とだだをこねる妻を無理矢理起こしガウンを着せたら、「ガウンって温かいね」と言って食卓の前に来た。
午後、電気カーペットの上で新聞を見ていた妻、読み始めると文字が読めるか意味が分かるかを確認しているかのように延々と続く。
水不足にならないようにザクロ黒酢を水で割ってコップ一杯飲ませる。糖分が多すぎないように出来るだけ薄味にするが、水道水だと要らないという妻がこれなら飲んでくれる。妻の前に広げてあったのは我孫子市議選の広報と高校の同窓会名簿。「この人、私たちの高校の後輩だよ」と言って索引で名前を探している。探し出して掲載場所を開いてやると、「私より10年あとの人だ」と大発見したように言うが、同窓だと何度か自宅に訊ねてこられたことはもう忘れていた。欠かさず選挙には行く妻、今度は誰に投票してくるだろうか、公報をよく読んで決めると言っていた。191114c.jpg

ちょっとだけ赤くなった曇天の裾

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.13)
(アルツハイマー)

ちょっとだけ赤くなった曇天の裾、上空の雲が流れると時々雲の切れ目から見える明るい空。191113.jpg

印西の丘の上から日の出。送電線に添って下降する成田着便、日の出がちょっと遅くて太陽に重ならず上を通過。191113a.jpg

次の到着便が太陽に重なるだろうと待っていたら、数分後太陽を横切って下降してきた到着便。191113b.jpg



『私を見付けて手を振っていた妻』 (2019.11.13)
撮影に出掛けようとした昨日早朝、妻の様子を見に行けば、「行くところが沢山あって頭の中がごちゃごちゃ。今日はどこへ行くの?」「火曜日だからR」「Rは川の傍の体操教室から山の方に行ったところ?」「それはW、川の傍の体操教室がR」「Rは泊まるんじゃない方か」と、頭の中のイメージと施設の名前が一致せず混乱していた。「川のところの体操教室は朝迎えに来てくれて夕方送ってくれる。なんで山の方のRにも泊まりに行かなくちゃいけないの?」「泊まりに行くのはRじゃなくてW。私が病院に行ったり体調が悪いときに泊まりに行ってもらうんだ」「分かった、分かったけどはっきりしない。私がこんなだからいないと楽なんでしょ」とちょっとすねた様子。RとWの名前が区別できない上に、前日Y内科を受診し薬局に行って、戻ったら美容院にも行って、記憶の整理が出来なくなっているのだろうか。
撮影から戻って燃えるゴミを集積所に出していたら二階の雨戸を開け始め、私を見付けて手を振っていた妻。頭がすっきりしたと言い、Rに行くことも憶えていた。私がパソコンに写真を取り込んでいた間に、寒いからとベッドに潜り込んで二度寝してしまった妻。朝食の支度が出来て呼びに行くと、「今日は月曜日? どこにも行かなくていいよね」「今日は火曜日、Rに行かなくちゃいけないから起きて」「火曜日か」と言って渋々起きる。朝食中に「今日は足が痛い」とそのことばかり言っている。入院以来弱った足には美容院からの帰り道を歩いたのがきつかったのだろう。延々続くおしゃべりを遮り、早く食べて支度をするように急かせる。何とか支度が済んで目も覚めて、元気になって迎えの車に乗り込んだ。
夕食中に突然「風呂に入りたい」と言い出した。「今日Rで入ったでしょう」「えっ、今日Rに行ったの?」「行ったよ。帰ってからずっと新聞を読んでいたでしょ」と言うとしばらく無言。「風呂に入った。風呂の場所を思い出したら風呂に入ったときのことを思い出した。体操もやったよ」とRに行ったことを思いだした。191113c.jpg

鮮やかなオレンジ色に染まった東の地平線



撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.12)
(アルツハイマー)

鮮やかなオレンジ色に染まった東の地平線。上空は雲一つない快晴、北西の風に波立つ水面は上空の色に染まってブルー。191112.jpg

岡発戸新田の岸から沖に出たコブハクチョウの子ども6羽、風に向かって飛び立つ。こちら岸近くで西へ方向転換。暫く経ったら戻って来て、親のいる岸辺に着水。191112a.jpg

印西の丘の稜線から眩しい日の出。カメラにも眩しすぎ太陽を外し水面に映った太陽を撮る。191112b.jpg



『手を振って見送っていたら雨』 (2019.11.12)
昨日早朝、撮影に出掛ける前に妻の様子を見に行ったら、入院中に取り揃えて渡した思い出の写真を袋から取りだし、一枚一枚ゆっくりと眺めていた。次女が小さかった孫二人と一緒に写った写真を見て、妻の双子の妹のどちらかが子どもを連れて来たときの写真だと言う。それは次女だと指摘すると、「親は分かるけど子どもの写真はみんな同じで分からない」と言う。長女の家族写真をしばらく見て、「これはAかね、顔を忘れていた」と長女のことは何とか分かったようだ。二人の幼いときの写真には、即座に長女と次女だと認識出来たのに大人になってからの写真には反応が遅い。
撮影に出発するとき二階から降りてきて、「転んじゃダメだよ、気をつけてね」と玄関で見送ってくれた。撮影から帰宅すると雨戸を開けていた妻、私を見付け「どこまで行ってたの? いつ出掛けたの?」と私を見送ってくれたことは憶えていないらしい。
午前中、妻を連れてY内科の受診、薬局にあとで受け取りに来ると伝え処方箋を出し、急いで帰宅。長女が来ると朝から何度も伝えたから憶えていたのか、玄関で長女の靴を見て、「Aが来ている」と大喜び。昼食後、妻と一緒にショートステイに持って行く衣類などをバッグに詰め、妻が勝手に入れ替えないように私のパソコンの陰に置く。「さあ、美容院に行くよ」と妻に荷物造りのことから切り替えさせ、出掛ける支度。私の運転で妻と長女二人を美容院まで送り届ける。帰りは妻の要望で歩いて戻ったが、入院以来体力が落ちた妻にはかなりきつかったらしい。
夕方、バス停に向かう長女を見送りに道路脇まで出た妻、手を振って見送っていたら雨。急いで傘を差し姿が見えなくなるまで見送ったら、目から涙がこぼれ落ちそうになっていた。夕食の時、美容院に行ってきたばかりの髪型を褒めたら、「いつ美容院に行った?」「今日Aが連れてってくれたでしょ」「Aが来てたの?」「夕方見送ったでしょ」と言うと、信じられないのか洗面所の鏡を見に行き、「本当だ、美容院に行ったみたいだ」と言った。物忘ればかりしていたが、穏やかに過ごせた一日だった。191112c.jpg

強く降り出した雨に見る見る霞む対岸

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.11)
(アルツハイマー)

ポツリポツリと雨が降る暗い早朝、やっと明るくなってきたら、強く降り出した雨に見る見る霞む対岸。191111.jpg

沼の向こうから渡って来た雨、岡発戸新田の岸辺りから飛び立って埋立地の杭に集まり始めたサギ。191111a.jpg

ハス群生地が白く霞み、間もなくケヤキの木も雨の中。高台にもザアと来た通り雨。191111b.jpg


『「おい」と声を掛けたら私を見付け手を振った』 (2019.11.11)
妻の様子を見に行った昨日早朝、前日の日刊スポーツを広げて読んでいた妻。土日だけサービスに配達されるスポーツ紙を妻が読むのは珍しく、「どうしたの、スポーツ新聞なんか見て」「読みたい記事があって昨日持って来たけど読んでなかったから」と顔も上げずに返事。昨夜用意してあった水がだいぶ残っていた。なんとカップの代わりに小さなメジャーカップが水差しの横に置いてあった。「これで飲んだの?」「これだって水を飲めるからいいじゃないの」と。
桃山公園は撮影に行こうとしたら玄関の内側で妻が見送り、歩いて公園に向かえば二階の雨戸を開けて手を振っていた。撮影を終わって帰宅したら、雨戸を開けていた妻、「おい」と声を掛けたら私を見付け手を振った。なぜか朝からハイになっていて、「いろんなことが出来るし、いろんなことが分かる」と言っていた。
朝食の支度を始めると一緒にやろうとするが、何をやったいいか分からない様子。私が冷蔵庫から取り出して妻に手渡したら、食卓に運んで並べたり盛りつけたりする。朝食が終わったら洗濯。妻が集めてきた洗濯物のポケットをチェックし、洗濯機を始動したら後は妻に任せる。洗ったものが多くて重ければ階段を上ってベランダの前まで運ぶのを手伝う。干したものを取り込んで畳んだら、どこへ収納するか見ていないとあとで探すのに一苦労する。食後の食器洗いも手際よくやってくれるが問題は収納場所がその都度変わること。目につき易い場所に空きスペースを作っておけば、そこに誘導できることも分かってきた。9月に16日間入院して帰ってきたときは一気に出来ないことが増えたと思ったが、作業を分解しどこが出来ないか、戸惑うかを見て手伝うか声を掛けるようにしたらやってもらえる仕事が急に広がった。自分でやった方が早いし楽でもじっと眺めているのは、私にとって仕事を分解し妻に出来る仕事をつくるヒントを見付ける場にもなる。191111c.jpg

朝焼けにはなりそうになく日の出も遅そうな朝

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.10)
(アルツハイマー)

東の地平線高くまで雲、朝焼けにはなりそうになく日の出も遅そうな朝。191110.jpg

日の出前の地平線の空を映した水面、コブハクチョウの子ども5羽が低く飛ぶ。191110a.jpg

薄雲をオレンジ色に染めて遅い日の出。手賀川に通っていた頃一緒に撮っていたSさんも来たが、撮るものが少ない朝だった。191110b.jpg


『もう起きているかと思えばベッドで二度寝』 (2019.11.10)
昨日早朝、近所の公園へ撮影に行く前に妻の様子を覗くと、もう目が覚めて灯りが点いていた。水はしっかり飲んでコップ一杯分残っていた。「今日はRセンターに行く日だよ」と言うと、「Rって南山?」「田舎じゃないよ、ここは我孫子だよ」「そうか、我孫子か。NECの横を通って土手を走ると川の傍のビルか」とRの場所を思い出す。直前まで妄想の中でふる里にいたようだ。
撮影から戻ると雨戸が開けられていて、もう起きているかと思えばベッドで二度寝。「Rに行く日だから起きて」と言ったら目を覚まし「Rには行きたくない。雨戸を開けたら寒くなった。もっと寝ていたい」「起きないと迎えの車が来ちゃうよ」「いやだ、起きたくない」と言いながらももぞもぞと起き上がった。
台所で朝食の支度をしていたら起きてきた妻、インスタント味噌汁に湯を注ぎ、カップに牛乳と豆乳を入れた。使ったカップはでたらめ、カップが違うよ」と言えば「どれを使えばいいかわからないもの」と言い訳。私の席には牛乳と豆乳両方が置いてある。「どっちを飲みたいか分からないから両方出しておいた」のだそうな。二度寝してからやることがめちゃくちゃ、週末になって疲れが出たのだろうか。「頭の中がガンガンしていて何をしたらいいか分からない」と妻は言った。
9時過ぎ、Rから10分後に迎えに来ると電話、3分も経つと待ちきれず玄関前に出て迎車を待つ。遠くに車が見えたら「来た。行ってくるからね」と元気よく車が止まる場所へ小走り、車が止まる前から車に向かってお辞儀。ドアが開いて係の人が降りてきたら荷物を渡し、支えられるようにして車に乗り込む。見送ったら戻って来るまで解放される。今日こそはたまった仕事を片付けようと張り切って家の中に入った。191110c.jpg

高台に立てばいつまでも暗い曇天の上空

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.9)
(アルツハイマー)

天気予報は晴れだったのに、高台に立てばいつまでも暗い曇天の上空。地上の灯りが雲を染め、沼に映って明るい水面。191109.jpg

雲の隙間から沼にこぼれ落ちる朝の光、灰色の濃淡に染まった水面に小舟のシルエットが浮かぶ。191109a.jpg

もう帰ろうとしたとき雲間に遅い日の出。雲の下に差し込んだ朝日に瞬時に輝いた雲。191109b.jpg


『お金があればいいところがいっぱいあるね』 (2019.11.9)
昨日早朝、妻の様子を見に行ったら、灯りを点けベッドに座って新聞を眺めていた。覗けば6日の新聞、「その新聞、古い新聞じゃないの?」と言えば、「古くたっていいの。これ、まだ読んでなかったから。今日は何日?」「11月8日」「そうか」と言いながら新聞の日付を見た。「だけど、読んでないものが残ってると世の中の動きから遅れちゃう」と言ったが、この新聞は前日もデイサービスから帰宅して読んでいたものだ。夜飲んだ水の残量を確認していると、「ちゃんと飲んだよ。今朝は頭がすっきりしている」と言う。水は朝食前までに飲むコップ一杯分が残っていた。
昼食前に、私が始動しておいた洗濯機から洗濯物を取り出して、二階のベランダに干していた妻。昼食にうどんを作ろうと用意して、少しパソコンの前でメールを読んで戻ると、妻が冷凍の焼きおにぎりを電子レンジで解凍していた。電子レンジが空いたら半熟の玉子もつくってささやかな昼食。「今日はどこにも行かないから私が支度したの。洗濯もしたし、いろんなことが出来るようになって嬉しい」と妻。食べ終わったらテレビの前に座り込んで新聞を読み始めた。広げていた紙面のタイトルは『介護の悩み・不安 失敗しない終の住処の選び方』だった。「お金があればいいところがいっぱいあるね」とぽつりと言った。どんなところに入ることを頭に描いていたのだろうか。191109c.jpg

突然オレンジ色に雲が染まった日の出直前

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.8)
(アルツハイマー)

地平線に雲、朝焼けはなさそうだと思ったが、突然オレンジ色に雲が染まった日の出直前。191108.jpg

遅い日の出とともに沼を横切る二人乗りのボート。朝日に染まる水面に波紋を残して。191108a.jpg

ボートの波が岸に押し寄せてきた頃、沼を西に向かう母さんと子ども五羽のコブハクチョウ。岸から出た子ども一羽も親子の列に加わった。191108b.jpg


『妻は荷物を手渡し慌てて車に乗り込んだ』 (2019.11.8)
昨日早朝、妻の様子を見に行くと予定表を眺めていて、「今日はRへ行く日だよね?」「そうだよ、木曜日だから」「昨夜早く寝たから早く目が覚めて、Rへ行く支度をしようとしてたの」といいながらカレンダーを見る。「今日は何日?」「7日だよ」と答えるとカレンダーの7日に○をつけた。
朝食が済んで出掛ける支度をしていた妻、テレビの前で居眠りをしていた私に「今日はどこへ行くんだった?」「Rだよ」「どこにある?」「利根川の横にあるビル」「そこから山の方に行けばR?」「そっちはW園」「分かった、川の横がR、そこから田んぼの中を山の方行けばR」と、同じことを何度か繰り返しやっと正解。「もう一度言うとまた間違えちゃうからもうやめた」と妻。二つの施設のイメージは頭の中に別々なところとして記憶されているが、名前を言おうとするとどちらもRになってしまうだけだと。妻の言葉を聞いた私には、RとWがごちゃ混ぜになっているように感じるが、妻は、川の横は日帰りでリハビリに行くところ、山側にあるのは泊まりに行くところと区別して認識していると言う。Rと妻が言ったとき、どちらの施設かよく確認して話さないと混乱が次の混乱を呼ぶことになる。何とも悩ましいことよ。
10分後に迎えに来るとRから電話が来たら、待ちきれず玄関の前の道路脇に出て待っていた妻。数分ごとに「あと何分?」と私に確認し、「電話しなくても来てくれるかな」と心配顔。迎えの車が到着して係の人が降りてきたら、妻は荷物を手渡し慌てて車に乗り込んだ。「行ってらっしゃい」と言っても振り向きもしないで。191108c.jpg

来ているはずがないのに来ていそうな気がして

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.7)
(アルツハイマー)

10月30日から姿を見せなかったMさんが、来ているはずがないのに来ていそうな気がして、いつもより早く出掛けた桃山公園のゼロポイント。191107.jpg

いつもと変わらない日の出なのに淋しくてたまらない手賀沼風景。見る方向、見る場所にMさんと撮り歩いた日々の思い出が蘇る。191107a.jpg

昨夜Mさんの友だちからMさんが亡くなったと電話があった。手賀沼を撮り始めて1000日以上、毎朝一緒に撮って、手賀沼のことを教えてもらった。ここ十数年一緒に撮ったことはなかったが、10月13日から手賀川撮影を休んで近所の桃山公園へ撮りに行ったらMさんが来ていた。10月29日まで一緒に撮ったが、それ以降姿を見せなかった。自宅に電話もなく、携帯も持っていなかったMさん、手紙以外に連絡の方法もなく気になっていたところ昨夜の訃報。再会から別れまで、撮っていたMさんは全て背中側、ファインダーの中には笑顔を見せてくれていたのに。ただただ涙、ご冥福を祈ります。191107b.jpg191107c.jpg


『昔の景色の記憶がどんどん出て来る』 (2019.11.7)
昨日朝、妻の様子を見に行くと「あなたと結婚することになったときのことを思い出していた。斉藤先生が来いと言うから先生の家に行ったらあなたが来た。先生が私を呼ばなきゃこんなボケた奥さんで苦労しなかったろうに、ごめんね」と言う。突然なんだ。ふと水差しを見れば、夜飲む水は夕食後に薬を飲んでから減っていなかった。コップ一杯の水を差し出すと「喉が渇かなかったんだもの」といいながら水を飲んだ。水を飲み忘れたときはいつも飲みたいと思わなかった、喉は渇かなかったと言う妻。
雨戸を開けながら、「さっきから小学校に通った頃の道を思い出していた。家を出て橋を渡ってまっすぐ行けば小学校、左に曲がったら中学校。誰もいないときに橋に腰掛けて流れを眺めたことがあった。田んぼ中の道や周りの景色、そんなことの記憶が頭の中に残っているのに、今は何も出来なくなったし、忘れてばかりいる。今行ったら小学校はなくなっているけど、昔の景色の記憶がどんどん出て来る。懐かしくなって涙が出た来る」と呟いた。居間に戻ってきても泣きそうな顔、テレビで動物のおもしろい姿を見たら笑いだし、泣き顔が消えた。
水を飲み足りないとぼんやりして、妄想の世界に入り込みやすいように感じた朝食前。時間とともに活発になり、食器を洗い、洗濯を始めた。洗濯機の始動の時に押すボタンを私が指さすだけで洗濯が出来た。夕方洗濯物を取り込んでたたみ終わったら、「もう大丈夫、頭がすっきりしてきたから今日は全部自分一人で洗濯も出来た」と言って私のものを持って来てくれた。191107d.jpg

釣堀前の桟橋から漕ぎ出した小舟

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.6)
(アルツハイマー)

釣堀前の桟橋から漕ぎ出した小舟、まだ仄暗い水面を船外機付きのボートに向かう。191106.jpg

日の出とともに出発したボートに二人の人影、日の出が映って染まる水面を横切るボート。191106a.jpg

沼を横切り、対岸沿いに西へ向かい、朝日に染まったケヤキの陰から出て来たボート。191106b.jpg


『ベッドの片側に衣類を分類し積んでいたいた妻』 (2019.11.6)
朝の撮影から戻った昨日朝、もう雨戸は開けてあり、ベッドの片側に衣類を分類し積んでいたいた妻。デイサービスに出掛けるのに早く支度ができるようにするのだと、妻なりに考えた改善。クローゼットの前には使いそうな上着が掛けてある。二週間ほど前に長女が来て、季節の変化に合わせて準備してくれたのを変えてしまったのだろうか。
Rセンターの迎えの車を待っていた妻、ウインカーを出して近寄ってくる車を見て「あっ、来た。いつもの車と違う」と言った。いつも迎えの車が止まる場所に止まったのは風呂のガス釜交換工事に来た車、物見高い妻は荷物を玄関において来て新しい給湯器の開梱を覗き込んでいた。迎えの車が工事の車の前に止まったのに気付かない妻、「迎えの車が来たよ」と声を掛けたら慌てて手ぶらのまま迎えの車に乗ろうとする。荷物を持って、「おい、荷物」と声を掛けても気付かない。迎えの人が妻を押し止め、工事の人が「あっち、あっち」と私を指さす。迎えの人が玄関の鍵を入れた袋と手提げ袋を受け取って通い袋を回収、座席に着いた妻にシートベルトを着用させる。迎えの人から、「奥様が月一回の書道のクラブに入りたいと申し込まれました。費用は100円ですがいかがいたしましょうか?」「やりたいことはやらせて下さい」とお願いし、妻を乗せた車を見送った。
デイサービスから帰宅して、疲れたと言ってテレビの前で眠ってからぼんやりしていた妻。夕食の支度中の私に気付いて手伝いに来たが、「何をしたらいいか分からなくなったと」と白飯の代わりにおかずを電子レンジでチン、漬け物が半煮えの漬け物になってしまった。食事中に段々笑顔が戻り、会話がかみ合うようになってきた。191106c.jpg

東の空がオレンジ色に染まり地平線に僅かに雲

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.5)
(アルツハイマー)

快晴の朝。東の空がオレンジ色に染まり地平線に僅かに雲。191105.jpg

桟橋から日の出前の空を映した水面に漕ぎ出した小舟。影絵のようにモーターボートに乗り移り出漁の支度をする人。191105a.jpg

日の出とともに沼へ滑り出した二人乗りのボート。沼に広がる波紋を待っていたら、沼を横切りいつもより対岸寄りの進路。191105b.jpg


『干し終わるのを待って遅くなった昼食』 (2019.11.5)
昨日早朝、妻の様子を見に行けばコップ3杯分ほど飲み残していた水。「水は飲んじゃったよ」という妻に黙って水差しを見せる。とりあえずコップ一杯飲ませたが、何となくハプニングがありそうな予感。
ここ数日、水をよく飲んで調子がよかったがハイになって動きすぎ、ちょっと疲れてきたかミスが目立つ。朝食前に始動した洗濯機が止まったら、干そうとして二階のベランダ近くまで運んだ妻。庭の樹木の定期管理を依頼していた業者が秋の施肥に来たら、その作業に見とれて干すのを忘れ、居間に戻って新聞を眺めていた。昼食前に、「洗濯物干した?」と声を掛けたら、「干したよ」と返事。心配になったのか二階へ行った妻、「まだ干してなかった」と大きな声。干し終わるのを待って遅くなった昼食。
デイサービスに行かないときは出来るだけ妻に支度をしてもらうが、何を用意するか決められない妻に代わって冷蔵庫から冷凍食品を出して手渡す。電子レンジに入れてから、「何分だったか忘れた」と振り向く妻に加熱時間を伝える。時々レンジとオーブンのボタンを押し間違えるので後ろからじっと眺めている私。「さあ出来たよ。食べて」と妻。自分で全部支度できた気分になってご機嫌がいい。仕事を分解して、出来ることを妻にやらせることにしたが、自分で全部やる方が早いし楽。じっと我慢するのは私に与えられた修行と思うことにした。
食事が終わるとテレビの前に横になった妻、「眠っちゃダメだよ、夜に眠れなくなる」「大丈夫、ちょっと休むだけ」とのやりとりから間もなく眠ってしまった妻。
目覚めてから妄想を始めなかったのは調子がいいからか。「桃山公園に行って手賀沼を眺めてくる」と言って出掛けたが、ココセコムのGPS端末を持たせるようになってから気が楽になった。191105c.jpg

釣堀前から泳いできたコブハクチョウ親子

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.4)
(アルツハイマー)

東の地平線に厚い雲があって朝焼けも日の出も期待でそうにない朝。岡発戸の釣堀前から泳いできたコブハクチョウ親子、父さん母さんと子ども6羽の家族全員。191104.jpg

地平線の厚い雲の上がオレンジに染まり、やがて雲の上に眩しい日の出。191104a.jpg

水面に映った太陽の中にシルエットになった小舟。191104b.jpg


『元気になってくれたのは嬉しいが』 (2019.11.4)
昨日早朝、桃山公園に出掛ける前に妻の様子を覗く。「今日は何処か行くところがあった?」「出掛ける予定はないよ」「今日は何曜日?」「日曜日」「そうか、掃除と洗濯をしなくっちゃ」とまともな会話。撮影から戻るとテレビをつけたまま二度寝。目が覚めたが妄想の世界には入っていない。
午前中は洗濯も掃除も忘れ、カーペットの暖房の上で大学駅伝のテレビ観戦、「みんながただ走っているだけなのに目が離せないね」と妻。ここで昼寝したら脱水症状が心配でコップ一杯リンゴ風味の黒酢を水で割って飲ませる。午後になったら天気予報を見て「夕方は雨だって、洗濯と掃除は明日やる」と言ってテレビの前で昼寝。水のコントロールがうまくいったのか元気いっぱいやる気満々。ちょっと目を離した間に頂き物の生椎茸を洗って切ってある。水を張った鍋がガスコンロの上、炒め物もするとフライパンを探している。食品を何度も炭にし焦げ付かせるから、ガスコンロは故障したことにして点火用の電池を抜いたのは二年半以上前。「ガス、故障していていて使えないけど」と言ったら、「じゃあ電子レンジでやる」と言ったまま手が止まって「何を作ったらいいか分からなくなった」と妻。思い出したのは単身赴任時代の酒盛り、切った椎茸をどんぶりに入れオリーブオイルとめんつゆを掛けて味付け。ラップを掛けて電子レンジでチン。これで3日ほどは食べられることは何度か経験済み。
夕食後、夜間飲ませる水と翌日分の薬を用意し、妻の背中にリバスタッチパッチを貼って寝ようとしたらハプニング。不要になったものを資源ゴミに出そうと物置の棚から下ろしてまとめておいたら、いつの間にか空きスペースを見付けてあちこちに押し込んである。妄想の世界にも入り込まず元気になってくれたと思ったら、張り切って私の仕事をつくってくれる。元気になってくれたのは嬉しいが、元気になったらまた別の悩み。191104c.jpg

遠く東に広がり始めた薄雲の空

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.3)
(アルツハイマー)

上空の黒い雲が流れて、遠く東に広がり始めた薄雲の空。もしかして朝焼けになるかと期待。191103.jpg

日の出が近くなるとピンクに染まり始めた遠くの雲。じわーっと染まりスーッと色褪せた瞬時の朝焼け。191103a.jpg

やがて岡発戸の丘の上に雲間から抜け出した太陽。カメラにも目にも眩しすぎた日の出。191103b.jpg



『妻に代わって係の人が「行ってきます」』 (2019.11.3)
昨日早朝、撮影に出掛ける前に妻の様子を覗くと、「水は全部飲んだよ」と言うとおり水差しは空だった。「今日は土曜日、Rセンターに行く日だよ」と言うと「分かってる」と返事。撮影から戻ると、ベッドに横になったままテレビを見ていて二度寝していた妻。物音に目が覚めたから、「今日はRへ行く日だよ」と言えば、「R?、Rってどこ?」「NECの横を通って利根川の・・・」まで言ったら、「分かった。頭の中の地図とつながった。今日はRへ行くよ」と、水をよく飲んでくれたからか物わかりがいい。
いつもより10分も早くRからの迎えの予告電話、妻の支度の状況を見に行けば夏のズボンをはいている。「今朝は寒いよ、そのズボンで大丈夫?」「大丈夫、暖かいじゃないの」「暖房が入っているからだよ、外は寒かったよ」言ったら、「今は何月?」「11月になったよ。早くはきかえて、迎えの車が来るよ」と裏地の付いたズボンを差し出す。玄関前に迎車が到着し2~3分待ってもらう間に、迎えに来てくれた方に玄関の鍵と昼の薬やデイケア連絡帳を入れた通い袋を渡す。慌てて階段を降りてきた妻が、「鍵と薬は?」と言ったら係の人が「ここに持ってます」と妻に見せた。荷物を係の方に持ってもらい慌てて車に近寄る妻。「行ってらっしゃい」と言っても振り向いたり手を振ることもなく車に乗り込み、妻に代わって係の人が「行ってきます」と言ってドアを閉めた。水をきちっと飲んだからか、妄想の世界に入り込むこともなく、物わかりのいい妻になってデイサービスに出掛けた。本のタイトルの効果抜群?191103c.jpg

東の地平線に雲があるだけ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.2)
(アルツハイマー)

東の地平線に雲があるだけ、上空には雲一つない快晴。191102.jpg

岡発戸新田の釣堀前から今朝も出てきた二人乗りのボート。朝日を浴びて色づいたケヤキの陰から出てきて手賀大橋の方に消えた。191102a.jpg

撮影からの帰り道、我が家の屋根から飛んできたスズメ2羽。隣のアパートへの光ケーブル引き込み線に止まってこっちを見ていた。191102b.jpg


『水は薬なんだ、忘れないように飲まなくちゃ』 (2019.11.02)
昨日朝、「水は薬だものね」と言いながら水差しとコップを持って階段を下りてきた妻。昨夜1リットルほど用意した水がコップ一杯ほど残っていたら、コップに注いで立ったまま飲んだ。一昨日夕方届いた本「水をたくさん飲めば、ボケは寄りつかない」のタイトルだけを見て、「水は薬なんだ、忘れないように飲まなくちゃ」と言って本を手に取った。開きもしないで薬局から不足分の薬を送ってきたレターパックの上に置いた。毎夜、夕食後から朝食前までに1リットルの水を飲ませるようにしているが、水道水やペットボトルの水では残すことが多かったので、水800ccにポカリスエット200ccを混ぜて飲ませてみたら、水よりは飲みやすいと飲むようになった。時々迷い込む妄想の世界も、夜間の水摂取を忘れたときに多いようだ。本のタイトルを見ただけで本を薬と一緒におこうとするくらいなら、本の写真を寝室の目につきやすい場所に貼っておいたら効果があるかと思って写真を撮った。
朝食前に私が洗濯機を始動しておき、朝食後に洗い上がったものを籠に取りだしておいたら、「私が干す」と言ってベランダに干し始めた。竿を掛けるのに苦労していたので、「手伝おうか」と言うと「私の仕事を取らないで。洗濯できたことが嬉しいのだから」と、全部自分で洗濯が出来たつもりになっている。朝夕に雨戸の開閉、食器洗い、果物の皮むき、私にコーヒーを入れてくれることは自分の仕事だと思っている妻。これらの仕事には出来るだけ手出ししないで、遅くても少しくらい間違っても見て見ぬ振りをすることにしている。せっかちな私にはこれが結構難行。191102c.jpg191102d.jpg

岡発戸の丘の上から霧の中に日の出

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.11.1)
(アルツハイマー)

日の出が近くなるとどこからともなく湧いてきた霧。対岸の岸や丘の稜線が消えた頃、岡発戸の丘の上から霧の中に日の出。191101.jpg

岡発戸新田の岸辺から沼の真ん中へ泳ぎだしたコブハクチョウ5羽。飛ぶかもしれないと待っていたら、1羽が羽ばたき助走、追い掛けるように仲間たちも助走。191101a.jpg

飛び立って沼を低く旋回した5羽。また飛び立ったあたりに戻って次々着水。191101b.jpg


『「行ってくるね」と鍵袋を握った手を振った妻』 (2019.11.01)
昨日早朝、妻の様子を見に行くと寝ぼけ眼で、「ここはどこ?」「我孫子の自宅だよ」「何にも分からなくなっちゃった。我孫子の高野山?」「そうだよ。今日はRセンターに行く日だよ」「Rってなに?」、ちょっとびっくりしたが、「デイサービスに行くところ。火木土に行ってるでしょ」「Rってどこだった?」「NECの横を通って利根川の土手をどんどん行くと土手の下にあるアーチ型の建物」「なんで私が行くの?」「体の機能が低下しないようにリハビリに行くんだ」「段々頭の中に地図が見えてきた。そこから山の方に行ったところに行ってきた。私の部屋は1号室」「そこはW園だよ。Rは手前の利根川の土手の下」「やっと自分の地図とつながった。だけどなんで私が行かなきゃいけないの?」と延々続く質問に、「いつものように、今日はRにゆく日なんだ」と言えば、「なぜ行くのか分からないけど、行ってみんなの様子を見てその場に合わせていればいいのね」とちょっと投げやりな言い方。もうRのことも、なぜ行くかも思い出していたが、直ぐに分かったとは言えない妻の意地っ張りな面が見え見え。
撮影から戻って妻の様子を見に行けば、少し残してあった夜用の水は飲み干してあり、Rへ何を着て行くか決めかねていた。もう何のためにRに行くのかという質問はしなくなっていた。目覚めてしばらくぼんやりしていても、時間がたてば自分の居場所が分かり、いろいろなことを思い出すようになるのかもしれない。
Rからの迎えの車が右から来るか左から来るか覗いていたが、「来たよ」と言って私を振り返り「行ってくるね」と鍵袋を握った手を振った妻。今朝の目覚めの頃が嘘のように、物わかりもよく明るくなって迎えの車に乗り込んだ。191101c.jpg