曇天の裾を淡く染めた日の出前

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.10.24)
(アルツハイマー)

曇天の裾を淡く染めた日の出前、岡発戸の丘から陽が昇る頃になったらスーッと消えた赤い空。191024.jpg

灰色の空の下に灰色の沼。今朝も釣堀前から出た来た小舟、道があるわけでもないのにいつも通りのルートで沼を渡る。191024a.jpg

岸沿いに次々出て来るカルガモとコガモ。いつの間にか沢山集まっていたコガモの群に吸い込まれたコガモ、飛び立って視界から消えたカルガモ。191024b.jpg


『動けなくなって「ちょっと来て」叫んだ妻』 (2019.10.24)
昨日の朝食前、私が洗濯機を始動するのを横から見ていた妻。洗剤を入れれば「そのくらいでいい」、柔軟剤を入れようとすれば「ちょっと見せて、うん、それでいい」と、私のやることをチェックしている。スタートボタンを押し、水が注入され動き出したら突然蓋を開ける。「どうしたの?」「水は入ってるね」と、私がやることを信用できないらしい。「止まったらあとは干すだけ、私がやるから触らないでね」と命令口調。洗濯機の操作方法を忘れて始動できなくなった者の言うことかと言いたくなった気持ちを押さえてその場を離れる。
パソコンに向かって朝撮った写真を整理していたら、「ちょっと来て」と妻の叫び声。干すものを二つの籠に入れ同時に階段を運び上げようと、一段ずつ籠を持ち上げていたが曲がり角にはまり込んで持ち上げられない。少し後ろにずらすことは考えず、ただ持ち上げようとするから持ち上げられない。ベランダまで私が運んだら、竿を拭き、ベランダの手すりを拭きながら「竿を拭いただけじゃダメ、風で揺れたら手すりの汚れが付いちゃうでしょ」と、長年の極意を伝授しているつもり。
乾いて取り込んだあとが要注意。妻の衣類は分かりやすいようにベッドの片側に分類して並べるが、私のもの、タオルや手ふきの小物は入れる場所を探し毎回変わる保管場所。見ていないとどこに保管したか探すのに一苦労。時には思いも寄らぬ場所に保管してある。
16日間の入院が終わってから洗濯が出来なくなったと思ったが、何が出来なくなったかを見ていたら、洗濯機の始動が出来なくなったことと洗ったものの保管場所が定まらなくなったこと。そこだけを見守って手伝えば、あとは見て見ぬ振りをしていればいい。妻に出来ることまで手を出せば不機嫌にさせるだけ。夕方になって、出来たことが嬉しかったのか、「今日は洗濯をしたよ」と得意げに語った妻。191024c.jpg