暗渠を潜って戻って来てお兄さんを出迎

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.3)
(アルツハイマー)

お兄さんの車の音を聞いて、水門と道路下の暗渠を潜ってお兄さんを見に行ったラッキー親子。お兄さんが土手を越えてくれば暗渠を潜って戻って来てお兄さんを出迎える。190903.jpg

ゴイサギが飛んだ。ピントが合いにくくうまく撮れなかったら、ヒメガマの群落の外れに止まってくれた。190903a.jpg

お兄さんにパンをねだりに来たハシブトガラス。何日か見ない間にハゲタカのような顔になって。190903b.jpg

『ベッドにかがみ込んで何か書いていた妻』
昨日午後、妻に面会に行った。ベッドの上にかがみ込んで何かを書いていたアルツハイマーの妻、覗き込んで見るとノートになにやら書き込んでいた。『Apple ジュース 200ml 和歌山産 美味しかった』と一行。入院して初めての昼食が出たらしい。私が覗き込んでいるのに気付いて笑顔になった妻。点滴の針を刺したところがちくちく痛いと訴え、看護師さんに伝えると点滴を外してくれた。これで点滴は終了だと言われて大喜び、早速テーブルに向かってノートになにやら書き始めた。「なにも思い出せなかったのに、字がどんどん頭に浮かんでくる」という。
まだ自分のいるのが我孫子の病院だとはよく分かっていない。時には横浜の病院にいて40年も前に住んだ片倉台団地が自宅かと思う。自宅は我孫子だと伝えれば、まだ我孫子に自宅があるのかと、思考の中の時間軸が完全に壊れているようだ。
私が帰った後、様子を見に来てくれたケアマネージャさんからのメールによれば、子ども時代に実家が農地改革で農地を手放したこと、姉は苦労して教師の資格を取ったが自分は学校に通わせて貰って教師になったことを話したらしい。この思い出話は娘たちが来たときや、私に昔話をするときによく出て来る話題だ。話しを繰り返す内、心はその時代に入り込んで、その時代の風景の中を歩いているらしい。少し前は子育てをした横浜に住んだころを思い出すことが多かったが、いまはふるさとの思い出に浸ることが多いようだ。190903c.jpg190903d.jpg

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