一つ上流の水門にいたラッキー父さん

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.23)
(アルツハイマー)

昨日いた水門より一つ上流の水門にいたラッキー父さん。母さんと子ども三羽の姿が見えないので、一つ下流の水門、もう一つ下流の水門を見に行ったが母さんと子どもたちはいない。190923.jpg

父さんのいた水門に戻れば、いつの間にか来ていた母さんと三羽の子ども。お兄さんを見て近寄った来た親子。190923a.jpg

ポツリポツリと降り始めた雨。手賀川から曙調整水門を潜って手賀沼に出て行くビッグ親子。手賀川では水道橋下流のラッキー親子にプレッシャーを掛け、手賀沼では他のコブハクチョウたちを駆逐して縄張りを広げるビッグ父さん。190923b.jpg


『洗濯は私がやる』(2019.9.23)
昨日朝、「洗濯は私がやる」と言い出した妻。洗濯機の前まで行って洗濯物と洗濯機を眺め、暫く経ったら居間に戻って来て「あとでやる」と。どうやら洗濯機の操作を忘れてしまったらしい。「いっしょにやろうか」と言ったらふて腐ったようにソファーに座って動かない。
妻入院以来マニュアルを見て一通りの機能を習得して洗濯していた私、午後からは雨の予報だったから洗濯機を始動。朝食後一休みしていたら、洗い上がった洗濯物を籠に取りだし干そうとしていた妻。「ピンチハンガーどこ?」「竿の掛け位置が違う」と次々リクエスト。「自分でやった方が早い」と言いたい気はしたが、洗濯をしようという気になってくれたのは嬉しい。干し終わると、「今日は洗濯をした」と達成感を味わっている様子。次の時はいっしょに洗濯機の始動からやろうと思う。洗濯機を買い換えたとき、長女が操作方法のサマリーを大きな字で書いて壁に貼ってくれたがもう慣れたから要らないと外してしまった妻だったが、もう一度その張り紙を復活しようと思う。
入院前までは洗濯と夕食後の食器洗い、雨戸の開閉は妻がやっていたが、退院直後「ここは自分の家だと思うがまだしっくりしない」と言って何もしようとしなかった。ショートステイ一泊、デイサービス二日通ったあたりから「ここが自分の家だと思うようになった」と言い始めた。
一昨日は雨戸の開閉、昨日は洗濯と食器洗いを始めた。「体が覚えていることは考えなくたってできるのよ」と言いながら食器洗いをしていた。だが、食器収納は脈絡なく空きスペースに入れ、ゴミの分別にまごつくことが多い。黙って見ていて、あとでやり直せば妻を不愉快にさせることも避けられる。190923c.jpg

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント