待っていたのはラッキー母さんと子ども三羽だけ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.14)
(アルツハイマー)

いつも待っていた水門より一つ上流の水門で待っていたのはラッキー母さんと子ども三羽だけ。父さんの姿が見えない。お兄さんが「ラッキー」と呼んでも父さんは現れない。バロン父さんとの喧嘩に負けて怪我をして、治るまで何処かに隠れているのだろうか。まさか母さんに「こんなに弱い父さんは出て行け」と追い出された訳ではあるまい。190914.jpg

ラッキー父さんが母さんや子どもと別行動をとり始めた日に、バロン父さんの嘴に噛まれた傷跡を見付けていたお兄さん。ラッキー父さんとバロン父さんが嘴をかみ合い、羽がまだ伸びず羽パンチを振るえないラッキー父さんがバロン父さんに羽パンチを受けて怪我をしたことが想像される。190914a.jpg

帰ろうとしたらトビとハシボソガラスが空中戦。ハシボソガラスがトビをからかっているようにも見える。190914b.jpg

『入院していたことも忘れ夢か空想の備忘録』
昨日退院し、家に戻ってソファーに腰掛け辺りを見回しながら、「ピアノを見れば私のピアノだと思えるし、台所を見れば見たことのある場所。まだ私の家だという実感はわかないが、ここなら私の居場所があるようにに思う」と言う。二階に上がって、「これは私のベッドだ」と、少しずつ家の中のことを思い出した。トイレの場所も分かっていた。
帰宅してから2時間ほど経ったとき、手伝いに来ていた次女が「私はだ~れ?」と言ったら、「リサちゃん」と返事。「どこの人?」「親戚の人」「違うよ、お母さんの子どもでしょ」「私があなたを産んだの?」「そーよ」「じゃぁ、私の子ども。自分が産んだ子どもは可愛いね」と言って次女を抱きしめた。何とも複雑そうな次女の顔。
病院で昼食を食べてから退院したことも忘れてしまい、「今日は何をしたの?」と訊ねられると、忘れないうちに書いておくと言って自分のノートに向かって書き始めた。『とんでもない一日の変化にびっくりしたり、とまどったりで、何が何だかわからない一日が終わろうとしています。冷静に冷静に! 何が起こったのでしょう??? 昨夜は、いつだったかわからない時に自分の頭がボーッとしてしまい、何が何だかわからなくなって、今朝を迎えました。昨日の時間の経過は不明です。今朝もうろうろとトイレを探し用を済ませました。いったいどうしちゃったのでしょう。一緒に泊まってくれた知人はいなかったようです。そこへリサちゃんとあきらさん(夫)といっしょに、さあ、持ち物を片付けておひるごはんを食べようとさそわれて食事しました。以後、駅(?)から電車に乗って我孫子に戻った様です。』と書いた。病院から自宅まで5分ほどの道のりを私の運転で帰ったのに。
「夕べはどこに泊まったの?」と問えば、「三日間柏の方のホテルに泊まって、多くのイベント参加者の案内のボランティアをやって、今朝バスで病院に送って貰ったようだった」と答えた。自分が入院していた記憶はなく、入院していたのは夫の私だったと思っていた。私には、夢か空想の備忘録のように思えてならない。190914c.jpg

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