今日も暑くなりそうだ

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.9.10)
(アルツハイマー)

水道橋の灯りの向こう、雲の下が少し赤くなり上空は晴れ。今日も暑くなりそうだ。190910.jpg

昨日は何処かに避難していて現れなかったというビッグ親子。今朝も姿が見えなかったが、しばらく待ったら、まだ薄暗い上流から下ってきた。190910a.jpg

電線に小鳥が三羽飛んできて止まった。そっと近寄って撮ったらヤマガラだった。盛んに嘴を動かすので「鳴いてるの?」と問えば「二羽で鳴きあってるじゃないの」と友。最近、鳴き声で鳥の写真が撮れなくなってきた。190910b.jpg

『夢だったのかそれとも妄想だったのか』(2019.9.10)
昨日も病院に妻を見舞った。ノートを差し出して「岩滑のお父さんが来ていた」と言う。岩滑の父とは26年前に亡くなった妻の父親だ。そんなはずはないとノートを読んだ。
『9/9 天気晴れ 今日は朝からいろいろあって、忘れない内に記録しておこう。天気は上々でさわやかだ。私の気分もさわやかだ。10時過ぎにお父さんが顔を出した。優しい顔でほっとする。お父さんの会話の中味が私にとっては不たしかだが、この笑顔は消せないと合づちをうつ。そこへ岩滑の父が来た。にこにこしてうなずくだけにした。今もって(もうみんな帰った)何を話したのか意味不明なり。ただ私の心の中は会話はできなくてもニコニコして合グちをうつことにした。それでいい。実際私の頭の中はその内に落ち付くだろうと思うから---。』
「岩滑のお父さんはどこに来たの? 病院?」「家に来た」「あんたはどこにいた?」「家に帰っていた」と言って、ノートを手に取り、眼鏡を掛けてページをめくり始めた。
家に帰っていたと言う記憶は、昨日二人で話しながらノートに自宅近くの地図を書いたから、病院から自宅に帰ることをずっと頭に描き続けていたからかもしれない。岩滑の父が亡くなったのは26年前、私が中国で合弁会社設立と操業開始に携わったころ。たまたま本社に報告のため一時帰国したときに岩滑の父を病院に見舞い、葬儀に参列した。そのことを話すと、妻が成田空港まで車を運転して私を迎えに来たことを憶えていると言った。
妻の覚え書きは、夢だったのかそれとも妄想だったのか。
照れ隠しの様に、ちょっとふざけた様な表情で、またノートの空きスペースに何か書き始めた。「今日は字がすらすら書ける」と言って笑う。190910c1.jpg

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