悲しい時には雨の沼を眺めるといい

撮影ノート『手賀沼有情』 (2019.7.16)

桃山公園の高台に立って、悲しい時には雨の沼を眺めるといい。雨粒が吹き付ければ涙か雨か分からなくなる。何かを始める時には冬の日の出を眺めるといい。力強く昇る太陽がさあ頑張るぞとやる気をみなぎらせてくれる。何かに思いを巡らせる時は夜明けの沼を眺めるといい。刻々と変わる沼の表情、踏みしめた足下にはいにしえの古墳。この高台に立って沼を眺めたいにしえの人たちは何を思ったか、今日の漁の事か、それとも対岸の集落への対抗心か。ぼんやり眺める沼はちっぽけな現実の思いからも私を解き放ってくれる。ここに立てば、18年前の夜明け、手賀沼撮影を始めた時の感動が蘇ってくる。190716.jpg

昨日はあんなにいたムクドリの姿が見えない。公園の広場に向かえばマユミの木の向こうに数羽のムクドリが芝生の上で餌探し。190716a.jpg

今朝の手賀川は雨、雨の日は安心できるのか直ぐ近くまで寄ってきたオオバンの親子。降りしきる雨の中を親と一緒に手賀川を渡って来た。190716b.jpg

雨だって、ビッグ親子もラッキー親子も、バロン夫婦もみんな元気。コブハクチョウたちよ田んぼに入るな、農家の人たちは田んぼに入られても法で捕獲はできず、悔しい思いで眺めているだけだ。法で縛るならもっと早い段階で行政の対応が欲しかっただろう。だが、殺処分は避けて欲しい。生まれてしまった一つ一つの命は大切にして欲しい。190716c.jpg